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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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385.確信



  昔、とあるお笑い芸人と付き合ったことがあったの。

 全然面白くない男だったけど、とにかく自信家だった。絶対に自分が売れると確信していたわ。
 よほど確信があったんでしょうね。もう彼はどんなときにも売れる、売れるって言ってた。面白いことなんてひとっつも言わずに、ね。売れるってワードを言うのが芸人の仕事だと思いこんでいたんじゃないかしら。
 でも、彼ね、全く売れるために努力をしている様子がなかったのよ。ええ。そんなことは、付き合っていればすぐに分かるものよね。

 努力もしないやつが根拠もなく売れる、売れるって叫んでいたらどうなるか。 まず、周囲の芸人たちが忠告を始めたわ。誰もが必死になってやっているのに、おまえは何を言ってるんだと。仕方なくイジって処理していた同期たちが、次第に本気で注意しだす。先輩は楽屋で本気で説教する。しまいには後輩すらもお酒の席でそれとなく話を切り出す。でも彼はやめずに売れると言い続けていたわ。
 言っても聞かないなと分かると、人間って無言で去っていくのよね。みんなさじを投げ、相手にしなくなっていく。いつの間にか仲の良い芸人は減り、数少ないファンもいなくなってしまった。

 もちろん、努力をしたものが必ず売れるという世界ではないわ。努力は量だけじゃなくて質も重要だし、運だってなくちゃだし。

 まあ、自分自身を鼓舞する側面もあるし、ハッタリを聞かせるのもときには必要だと思うから、そういう意味では、根拠がなくても自信を持つってことは決して悪いことではないと思う。みんなもそれは分かってるはずだわ。

 でもね、私は隣にいて分かってしまったの、なんで売れる、売れるって言い続けるのかを、ね。その確信めいた思い込みが、実は不安の裏返しでしかなかったのよ。確信があったからじゃない、あの人はそれにすがらないと、やっていられなかった。だから、人を選ばずに言い続けた、言われた人たちがどう思うかなんて、全く気にせずに。

 その事実に気付いてしまった瞬間が、別れを決める決定的瞬間だったと今では思う。

 風のうわさでは、彼は今も自分が売れるという確信めいたものを抱いて、相変わらず人生のほとんどをバイトに費やしながら芸人を続けているみたい。もちろん、これから売れる可能性は0ではないと思うけれど、仮に売れたとしてももう未練は全くないなって思ってる。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔