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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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389.出禁



 近所に中華料理店がある。そこのお店はちょっと変わっていて、ご丁寧に壁に出入禁止者の顔写真と罪状を貼り付けるお店だ。
 僕は友人と学校帰りにそのお店に行き、部活ですっかりぺこぺこになっていた腹を満たしていたのだが、新しく追加された出入禁止者の写真を見ていた友人が、驚いて僕に声をかけた。

「おい。あの写真、見てみろよ」
「ん?」

 僕は、チャーハンを頬張りながら友人の指差すほうを見る。そこには、僕らのクラスの担任である、大川先生の顔写真が貼り出されていた。

「え、あれ、大川先生?」
「にしか見えないよな、やっぱり」

 僕らは取りあえず、それを置いといて食べ続ける。担任の先生が中華料理屋を出禁になるのはショックだが、そのときの僕らは空腹を満たすほうが重要だった。

「ふぃー。ごちそうさま」
「うん、うまかった」

 腹ごしらえが済んだ僕らは、ようやく先ほどの話題と向き合う気になる。示し合わせたように、再び顔写真を見た後、お互い顔を見合わせる。

「大川、何して出禁になったんだろうな」
「分かんねえな」

 担任の大川先生は現国担当で、大人しさを擬人化したんじゃないかというくらい温厚な先生だ。それゆえに影こそ薄いし、授業もあんまり面白くないが、それ以外の悪いうわさは決して聞いたことがない。
 不思議に思った僕らは、目を凝らして顔写真の下の罪状を見ようとする。だが、光の加減でよく見ることができなかった。

「食い終わったし、行くか」
「うん」

そんなやり取りで僕らは立ち上がったが、まっすぐ会計には行かない。暗黙の了解のように、顔写真の前へ近寄っていく。するとそこの罪状の場所には、

『店へのクレームがひどすぎるため』

と書かれていた。

「…………」
「…………」

 意外。それ以外の感想はなかった。先述したように、大川先生は絵に描いたような穏やかな性格だ。あの大川先生が、お店を出禁になるほど激しくクレームを付けていたなんて。教え子の僕らは再び顔を見合わせてしまう。

「……何か、明日会いづらいな」
「ああ……」

 見てはいけないものを見てしまった。そんな心境で会計に向かおうとしたとき、お店のスタッフがあわててこちらに向かってきた。

「ごめんなさい。張り紙間違えてた。こっちが正解」

そう言ってスタッフは、別の張り紙を貼り付ける。そこには、『店へのクレームがひどすぎるため』という同じ罪状と、その上にわが校の体育教師である、佐原先生の顔写真が貼り付けられていた。
(ああ、なるほど)
その瞬間、僕は全てが理解できた。きっと先生たちは、ここに飲みにでも来たのだろう。その際、佐原先生がお店にひどい言いがかりを付けたので出禁になった。だが、写真を間違えて大川先生のものを貼ってしまっていた、そうに違いない。
 言い方は悪いが、言いがかりを付けたのが佐原先生なら納得できる。あの先生は気性が荒いところがあるし。声には出さぬが、友人も同じ考えだったのだろう、スッキリした顔で会計へ向かおうとする。だが、その瞬間、

「で、こっちの人はこれね」

スタッフは大川先生の張り紙の罪状の場所に、上から紙を貼った。僕らは驚いて、その貼られた紙を凝視する。そこには、

『土日、お店に居すぎ。いつも開店から閉店までいる』

と書かれていた。

 奥さんの尻に敷かれて、家に居場所がないんだろう。そんな大川先生にお似合いの罪状ではある。
 だがそんなことよりも、わが校の教師が2人もお店を出禁になっている、その事実が情けなくて、何も言えないまま僕らは会計へと向かった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔