火曜日の幻想譚 Ⅳ
392.春のざわめき
2月の下旬頃から3月の初旬にかけて、毎年私の体には妙な律動がわき上がってくる。そう、春の到来だ。
この頃になると、植物は地上へはい出そうと種の中で胎動を始め、虫も卵の中から出ようともがき始める。動物も、冬眠から覚めるべく緩慢ながらも動きを始めるし、人間も、入学や入社など新しい生活を始める季節だ。言うなれば、春という季節は、総じて新生の季節なのだ。
いや、これは何も生物だけに限ったことではない。この地上そのものが、これから始まる春という季節を前に、ざわざわとざわついている気すら私にはしているのだ。
そんな春のざわめきを、好もしく感じている人は多いだろう。寒い冬を乗りこえ、暖かくなる季節として肯定的に捉える人々が。だが、私はそうは思わない。このざわめきを、この時期を、春という季節を、唾棄すべきものだと感じているのだ。
私は常々平常心でいたいと思っている。小さなことに落ち込むのはつまらないことだし、どうでもいいことで浮かれるのもちょっと違うと思う。それに人生の選択肢は、いつ何時、私たちの目の前に現れるか分からない。そして人間とは、常に冷静でいなければ正しい判断などなし得ない生物なのだ。で、あるならば、多少のことで感情を起伏させてはならない。私はそう考え、人生を生きているのである。
しかしその冷静な判断をしようとする意思を、この春のざわめきが邪魔をする。何か、新しい物事を始めようとしてしまったり、良い方向に考えてしまったり……。
そのような発想に陥る度に私は顔をしかめ、私の体を支配する忌々しい律動に対して、へどをはきかけたい衝動に駆られるのだ。