火曜日の幻想譚 Ⅳ
398.灯台鬼の血文字
「灯台鬼」という話を聞いたことがあるだろうか。
かつて、中国へと渡った後に行方不明となった父を追って、自らも中国に渡った男が、とある場所で「灯台鬼」というものを見た。頭にろうそくを乗せ、クスリで口を利けなくされ、体中にびっしりと入れ墨を施されたその人間ろうそくこと灯台鬼は、男の姿を見ると急に涙をこぼし始める。そしておもむろに自らの指を食い破り、滴る血で床に言葉を書き紡ぐ。その言葉によって、男はその無残な姿の灯台鬼が父であることを知る。
ここまでが、資料に書かれていることだが、私が小さい頃に読んだ話はもう少し違っていた。覚えている限りでは、悪だくみによって話せなくなるクスリを飲まされた僧が、報復のため頭にろうそくを乗せ、合掌しながらふらふらと街を練り歩く。すると、必ず近辺で火事が起こる、というものだった。だが、今現在『灯台鬼 火事』で検索してもこの話は出てこない。最初の話ばかりだ。よって私の思い違いである可能性が高い。
それはさておき、この二つの話、奇妙なほど私の琴線に触れるのだ。小さい頃に聞いたほうを今も覚えているのは、やはり話のインパクト故だし、最近になって知ったほうもこれはこれで悪くない。では、なぜこれらの話が私の心を揺さぶるのだろうか。
まず、両方の話に共通のしゃべれなくなるという点だ。実は、私は幼少期からきつ音癖がある。最近はもちろん、小学生の頃は、出席の返事をするのが大嫌いだった。さらに、元来が無口な性格だ。話すことに関して障害を持っている方には、申し訳ないが、私は心の奥底で話せなければいいと思いこんでいたぐらいだ。もう一つは、両方ともどこか、報復の匂いがするという点だ。小さい頃のほうは、報復のために火事を起こしているし、最近に知った話も、続くとするならば報復する話が一番よさそうな気がする。息子はもちろんのこと、肝心の父もどうにか生きているし、広大な中国で、父を無残な目にあわせた相手と壮絶な報復物語を繰り広げるなんて、胸が躍りそうではないか。
この他にも、語りたいことはまだまだあるのだが、この辺でペンではなく、キーボードでもなく、傷のついた指を置こうと思う。もう私の息子に、目の前の「もの」が灯台鬼に憧れた父であることは十分わかってもらえただろうしね。