火曜日の幻想譚 Ⅳ
400.焚書
とある書籍がどうしても気に入らなくて、燃やすことにした。
思想の否定は言論の統制につながる、そのことは十分承知している。しかし、それでも、それを理解していてもなお、その書籍を火にくべたいほど、僕はその書を憎んでいた。
そのためにまず、たき火の調査を始めることにした。最近はたき火すら難しいご時世だ。自分の庭でやっても法に抵触する恐れがあるという。そのため、ちゃんと調べてから、実行に移すことにする。調査の結果、周囲に気を配れば大丈夫らしいということが分かった。
早速、近隣すべてに燃やす日付を伝えて回り、頭を下げていく。これぐらいのこと、書物を燃やすための手間と考えれば何てことはない。それに、多少後ろめたいことなのだから、怒られでもしたら気がめいる。僕はどこまでも正攻法で、胸を張って憎きその書を燃やすために手を尽くしていこうと考えていた。
当日。早朝から、僕は庭で器具の準備をしていた。道具はもちろんのこと、件の書物も当然、傍らに置いて。やがて設置をし終える。押し寄せてくる奇妙な緊張感。
いよいよたき火本番。火をつける前に、もう一度軽く本に目を通す。やはりこの思想だけは相容れない。再び燃え上がる憎しみとともに、書を炭の中に鎮座させる。
いよいよ着火だ。本は湿気を吸うので燃えるかどうかは心配だったが、周囲の炭にあおられてすぐさま炎は燃え移った。メラメラと燃え盛る表紙を見ながら、ついでに上で肉や野菜を焼こうと思ったが踏みとどまる。この書で焼いたものなど口にしたくない、汚れてしまう。
仕方がないので、庭の様子を見ながら台所で肉を焼く。気に入らない本が燃え盛る中で食う肉は、正直に言うとそれほどうまくもない。
やがて炎も燃え尽き、残るは灰だけとなる。結局、世に出ているのはこの一冊だけじゃない。この一冊を焼いただけで、何かが変わるわけじゃないのは十分に分かっている。だが、何も変わらないからこそ、罪の意識をそれほど持たずに留飲を下げることができた。
取りあえず満足はした。僕は何もなかったかのように、もくもくと庭の後片付けを始めた。