火曜日の幻想譚 Ⅳ
406.暗黒
家に帰ると、押入れのふすまが必ず少しだけ開いていた。
食事中、妻に聞いてみると、布団が湿気ってしまうので、仕方なく開けているとのこと。それならば文句はないと一度は矛を収めたが、部屋に戻るとどうにも気になって仕方がない。何をしていても、ついつい開いているその空間を見つめてしまう。
思えば母も、このように少しだけ押入れのふすまを開けておく人物だった。小さい頃、寝るときに真っ暗になるのが怖くて、ちっちゃい電気 (常夜灯というらしい)を付けて眠っていた。その薄暗い明かりからほの見える真っ暗な空間が、とてつもなく怖かったのを思い出した。
その怖さは、ちっちゃい電気をつけずに寝るようになってから、解消されたと思いこんでいたが、どうやらそうでもなかったらしい。押入れの暗黒な空白から忍び寄ってくる何かの気配。その気配が、もっともリラックスできる自室で、自分の生気をむしばんでいくのがよく分かる。かといって、怖いから閉めてもいいか、と妻に聞くのも滑稽だ。いらいらが募り、だんだんと機嫌が悪くなってくる。さっさと寝てしまおうと思い、少しだけ開いている押し入れを、思いっきり明けて布団を敷く。敷いた後、妻に言われたので仕方なく、ふすまを数センチ明けたままにしておくのだが。
電気を消して、布団に潜り込む。真っ暗なので何も見えないのだが、それでも押し入れのほうに目を向けられない。しかし、見ないようにと思うほど、そちらのほうへと気が向いてしまう。
そうだ。一度だけ、一度だけ確認しよう。どうせ、そこにあるのはただのすき間だ。何かがそこにいるわけがない。それを確認するだけでいい。そうすれば、何も気にせずよく眠れるだろう。そう、それでいいんだ。
そっと布団を折り曲げ、顔を出す。首の角度を変え、押し入れの方を向く。その瞬間、何も見えないはずの押し入れの奥の暗黒に、何かがいるのが見えた。
「…………!」
恐ろしさのあまり、縮み上がってしまい、そこで私の意識は途切れた。
翌日。朝食のテーブルで妻は平謝りに謝りながら、私にペットを飼いたい旨を伝える。その胸には真っ黒い毛並みのうさぎ。そいつはそこで、もぐもぐと朝食の小松菜をかじっていた。