火曜日の幻想譚 Ⅳ
411.バば肉じいさん
最近、じいさんが寂しそうだ。
先日、ばあさんに先立たれてからすっかり老け込んでしまって、一言も会話をしてくれない。何とか食事は喉を通るようだが、ずいぶんと量は少ないし、たまに口を開くと「わしも、いつお迎えがきてもおかしくないのう」などと、縁起でもないことしか言わない。
実際、これといった趣味もないので、今は暇をしている。特に日中、家族は外出しているため、その間、何か打ち込めるようなものがあれば良いのにね、なんてみんなで話していた。
ある日。そんなじいさんと夕食をとっていたときのこと。テレビ放送を流しながら食べていたのだが、CM中、不意にある人物が登場したとき、じいさんの箸が止まった。
「なんじゃあ、こりゃあ?」
じいさんの質問に、僕が答える。
「ああ、VTuberの人だね」
「ぶい、ちゅうばあ?」
「うん。仮想のキャラクターを用いて活動をするっていうのかな、そういう感じの人だよ」
僕もよく分かっていないので、ここら辺はしどろもどろになっていた。
「ふーん。けったいなもんもいるんじゃなあ」
そういうとじいさんは、たくあんを口中に放り込んでパリポリとかみ砕く。これ以上聞かれても僕も答えられないので、ほっとしながらCMの明けたテレビに目をやった。
翌日から、じいさんは積極的にパソコンに向かうようになった。昨日のやり取りで気になったのか、VTuberについて猛然とネットで調べ始めたのである。
最初は覚束ない手付きで検索するだけだった。しかし、急にパソコン教室に通いたいと言い出す。やがて、自分で人物画も描き出す。少しずつ年金をはたいて、カメラなどを買いそろえる。ばあさんの仏壇しかなかった部屋が、いろいろな機材でいっぱいになってきた。
推しの娘でもいるのかと思って話を聞いてみると、なんとVTuberになりたいんだと言う。目をそらしながら言うところを見ると、若干、恥ずかしいらしい。
「もうモデルもあるんじゃ」
そう言ってマウスをクリックする。出てきたのはしわくちゃの老婆。でも、どこかで見たような面影がある。
「ばあさんの遺影を元に書いたんじゃ。ばあさんはこれ以上ないほど魅力的じゃからな。わしはなれるものなら、ばあさんになりたかったんじゃ。ばあさんがアバターなら、日本、いや、世界に名をとどろかせるVTuberになれるぞ」
ここまでやる気を示されると、もうやるなとは言えない。どうせすぐ飽きるだろう、それに、老婆のVTuberなんて人気も出るまい。そう思い、好きにさせることにした。
配信初日、じいさんは緊張のあまり、いきなり終了後にカメラを切り忘れ、素顔をネットにさらしてしまった。あちゃーと思っていたら、モデルが今は亡き伴侶だという事実に心を打たれたリスナーが結構いたらしく、
「じじい! 今日はカメラ、切り忘れるなよ! 絶対だぞ!」
「昨日の晩飯、何だったか覚えてる?」
「こいつ、まだボケてなかったんか」
「今日、年金支給日だろ、全額よこせ」
といった暖かい (?)声援をくれるそうだ。
じいさんはそんな声に包まれながら、今日も元気に配信を続けている。
何はともあれ、じいさんのいきがいは無事に見つかったようだ。