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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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474.砂漠にて



 とある旅人が、砂漠をさまよっていた。

 太陽は無情に熱と光を浴びせ続ける。どこを見渡しても生き物は見つからない。あるのはくすんだ色の砂ばかり。

 食べ物も飲み物も、とうの昔に底をついている。もう何日も飲まず食わず。どうやら、この砂にまみれて生を終えることになるようだ。既にその覚悟はできているものの、心のどこかに引っかかっているわずかな希望。それだけでどうにか歩を進めている状況だった。

 あと10歩。あと10歩だけ。それだけ歩いて何も見えなかったら、諦めてこの砂に倒れ込もう。そんな決意を固めて足を踏み出したとき、はるか前方に小さく何かが目に入った。

 ……オアシスだろうか。それとも何か別のもの? 何でもいい、生き延びることができるのならそれでいいし、そうでないとしても、あの正体を見極めてから死んでいこう。旅人はそう考え、もう動きそうにもない足を、それでも少しずつ前に進める。

 その何かは次第に大きくなり、やがてはっきりしてくる。どうやら、小屋のようだ。もしかしたら、助かったかも……。思わず早足になる旅人の目に、その小屋に掲げられた看板が映る。

『ビニール傘専門店 野村屋』

 小屋に掲げられた看板は業火のような太陽の下、そんな文字をでかでかと砂漠にアピールしていた。しかし、取りあえず今はそんなことはどうでもいい。旅人は扉を開けて中に入る。

「いらっしゃい」

 中にはしかめっ面のおばあさんが一人、接着剤のようなものを塗ってビニール傘を修理していた。旅人が今の状況を話すと、おばあさんは黙って立ち上がり、コップに水をくんで旅人に差し出した。

「……ふう」

コップを空にし、ようやく落ち着いた旅人に、おばあさんは傘を修理の手を止めて、愛想のない声で言う。

「この窓から木が見えるだろう。あそこを目指して行けば砂漠を抜けられるよ」

そして、再び黙々と傘の修理を始める。それ以降、おばあさんは一言も口を利かなかった。

 旅人は礼を言ってから小屋を出て、おばあさんの言うとおりに木まで歩いてたどり着く。さらにそこから周囲を見渡すと、夕焼けの中、街の姿を確認することができた。


 その後、どうにか街にたどり着き、旅人は九死に一生を得た。だが、あの小屋の存在は? あのおばあさんは一体? 砂漠で役に立つとは思えないビニール傘を直す理由は?

 たどり着いた街の酒場で聞いてみると、意外な情報が分かった。

 実は彼女は、あの舌切すずめのいじわるなばあさんで、おじいさんと離縁させられた今、ここで寂しくビニール傘屋を営んでいるのだという。でも、後悔の念もあるようで、いつも洗濯のりならぬ、接着剤を使ってビニール傘の破れを直し、罪滅ぼしに客の来ない傘屋の番をしながら、すずめやおじいさんに心の中で謝り続ける毎日らしい。

 今も相変わらず無愛想だったが、水をくれる程度には優しくなったんだな。そう思った旅人は、おばあさんが、せめてこれから平穏な一生を過ごすよう祈りながら、その地を後にした。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔