火曜日の幻想譚 Ⅳ
415.ぷかり。ふわり。
夜の海。
死のうと思ったけれども、死にきれませんでした。
世の中は、僕の思う通りにはなりません。意見すらもいえないのです。
こんな世界、こちらのほうから、早々におさらばしてやろうと思いました。
でも、死ぬことすらも僕には許されなかったようです。
ぷかり。ふわり。
今は、ただ水上で仰向けになって、うつろな目で、瞬く星々をながめています。
小さい頃は星を見るのが大好きでした。父に肩車をされながらよく見たものです。
でも、今となってはは、一番大きく光るあいつの名前も分かりません。
ただ、はるかな光を目に入れて、大の字になって力尽きるのを待つだけです。
ぷかり。ふわり。
ふいに手にまとわりついてくる、奇妙で柔らかい感触。
首を動かさず、少し、握り込み、感触だけでようやく理解します。くらげ。
そいつは握られたことなど気にせず、ぷかりと浮き、ふわりと周りをたゆたいます。
毒を持つ種類が来てくれればありがたい、そう思いながら笑顔になりました。
ぷかり。ふわり。
大の字のまま、波に揺られ続けます。どれぐらいの時間がたったでしょう。
耳に海水が入り、しばらくして出ていきます。体温が次第に奪われていく感覚。
天上の星は冷たく僕を見つめます。死体をついばもうと舞うカラスのように。
大きめの波を飲んでしまいました。塩辛さと、切れた左側の口内が痛みます。
ぷかり。ふわり。
気付いたら、周りはくらげだらけです。大の字の僕を無数の彼らが取り囲みます。
……確か、くらげには不老不死の種類がいましたっけ。
きっと、死という概念を理解できない個体もいるのかもしれません。
そんなことを思いながら、再び空を見上げます。くらげたちは何も言いません。
ぷかり。ふわり。
くらげはさらに数を増し、その重さで僕は沈み込んでいきます。
潜り込む僕に、さらなるくらげがまとわりついて……。
どこまでも、どこまでも暗い水底へ、くらげまみれの僕は降って。
生でもない、死でもない、くらげのみぞ知る永遠の世界……。
ぷかり。ふわり。
そこには、何がありんでしょうか?
そこでは、星は見えるでしょうか?
僕の思う通りに、なるんでしょうか?
僕はそこにいて、いいのでしょうか?
ぷかり。ふわり。
くらげたちは何も言わず、僕とともにどこまでも墜ちていきました。
ぷかり。ふわり。