火曜日の幻想譚 Ⅳ
419.かたつむり
小さい頃、お墓参りに行った時の話だ。
お墓参りといったって、特に変わったことをするわけじゃない。墓石と周辺を掃除して、線香をたき、お供えをして、故人の冥福を祈る、それだけ。だが、めったに来ない場所ということもあって、僕はやる気になっていた。母の言いつけに従ってバケツで水をくみ、僕が産まれてすぐ世を去ってしまった父の眠る墓をきれいにし始める。
その掃除の際、墓石の裏をのぞき込んだときだった。石とそとばとの間の狭い場所。そこに何かがぴたりとへばりついている。よく見るとそれは、らせんの殻を持った陸の貝、かたつむりだった。
それはやけに大きく、貝の大きさはピンポン玉ぐらいだった。当時小学生の僕が、そんなものを見つけてしまったら、もう他のことなど手につくはずがない。かくして、掃除というミッションは即座に脳内から消え去り、つかみ取ったそいつを家に持ち帰ることに決めたのだった。
そんなふうに意気揚々と持ち帰ったかたつむりだったが、僕とそいつの蜜月はそんなに長くは続かなかった。牛乳のパックに入れて飼おうとしたのだが、そいつは数日後にはあっさり姿を消していた。僕の家は墓のあった場所よりはいくぶん都会だったが、その後、うまく生き延びてくれたと信じたい。
それから大人になり、どこかで、かたつむりという生き物が生と死の象徴であるということを知る機会が得た。なんでも殻のらせん形が、ものごとの始まりと終わりを示しているのだそうだ。
その話を聞いたとき、あの日、墓に貼り付いていたあのかたつむりを思い出した。それほどスピリチュアルなものごとは信じていないが、生者と死者とのふれあいの場である墓場で、うちの墓に貼り付いていたかたつむり。妙な縁があったのかな、という思いが少し頭をよぎる。
もしかしたら、あのかたつむりは亡き父の生まれ変わりだったのではないだろうか。だとしたら、あまりいい転生とは言えないが、それは人間の目から見た話だ。父はとてものんびり屋だったと母から聞いている。もしかしたら、来世はかたつむりとして悠々自適にやりたかった、なんて思っていたかもしれない。
そんな生まれ変わりであるかたつむりをうれしそうに捕まえ、挙げ句、数日で逃してしまうような息子のことを、父はどう思っただろうか。逃げながら、不肖の息子だと嘆いていそうな気がする。
あの世にいったら、わびの一つも入れたほうがいいかもしれないなあ。今年もまたやってきた父の命日に、そんなことを思った。