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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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420.噴水



 かつて、日本一の名家と呼ばれた法蔵寺家の大邸宅には、とても大きくて美しい噴水が存在していた。

 最大23メートルの高さのこの巨大噴水は、ここ数十年、水を噴き上げていない。あの美しくも力強い水の動きは、恐らくもう見ることができないだろう。それというのも、昔、この噴水にまつわる、とある恐ろしい出来事が起こったからだ。

 あれは確か昭和53年の話だ。宝蔵寺家はもうその頃、すっかり落ちぶれており、草太郎という男が、この広い邸宅に一人で住んでいるだけだった。私はこの草太郎と同窓の仲だったが、彼はかなりの道楽者で、およそ政治的な駆け引きや権謀術数の中で生き残るのは不可能な、名前の通り草のような男だった。
 草太郎本人もその自覚があったようで、女などは一切寄せ付けず、宝蔵寺の圧倒的な財産でもって、虫眼鏡や顕微鏡を用いて生物学の研究をしたり、詩や俳句を詠んでみたり、スキーやテニスのようなスポーツをして、大人しく人生を過ごしていた。

 私は彼の学友として、ときどき屋敷を訪れて話をしたり、俳句やテニスの相手をしていたのだが、やがて奇妙なことに気がついた。どうやら草太郎に監視、もしくは尾行がついているようなのだ。
 ちらちらと見え隠れする怪しい男の存在を、私は草太郎に告げようかと考えた。敵ならばまずいし、味方ならばそれでいい。そう思い一度は言おうとしたのだが、次の瞬間、恐ろしいことに気付いた。敵だった場合、告げ口した私にも危害が及ぶ可能性があるということに。それに気付いてからというもの、私は恐ろしさのあまり、この友人の宅に足を運ぶのをやめてしまった。

 それからしばらくして、草太郎が行方不明になったという情報が流れてきた。

 さては「敵」のほうだったかと悔しい思いをしながら、新聞を読み漁り草太郎の安否を確認する。しかし警察は一向に頼りない。1週間たち、2週間たっても進展がない。その後も続報のない状況が続き、事件それ自体が忘れ去られようとした頃、私はふと、奇妙な考えに取りつかれた。

 その考えが妄想であることを願いつつ、私は宝蔵寺邸へと急ぐ。そして、誰もいない邸宅の門をよじ登って入り込み、庭の中央にそびえ立つ、動かしていなかった噴水のスイッチを入れた。

 シュバッ!

 勢いよく水が吹き出し、液体による美しいショウが目の前で展開されていく。しかし、それは以前、草太郎が見せてくれた光景とは、若干、違っていた。
 ピンク。水が桃色なのだ。それが何を意味するか悟った私は、あわててスイッチを止め、警察に連絡し、着の身着のままで噴水に入り込み、中央部のポンプ部分を開く。

 ポンプの中には、数十カ所も刺されて血みどろになった草太郎が、水と血の混ざった、まるでロゼのワインのような色の水中で浮かんでいた。


 その後、跡取りのいなくなった宝蔵寺家のばくだいな財産は、親類縁者によって引き取られた。しかし、邸宅は気味が悪いと思われたのか、取り残されたままになっている。そして、草太郎を誘拐し、殺した犯人の行方はいまだに分からない。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔