火曜日の幻想譚 Ⅳ
422.布団
うそみたいな話が起きた。
あの、いわゆるおじさんと呼ばれる年齢のかたがたが、よく言う寒いダジャレ。それが目の前で本当に起きている。ベランダに干しておいた敷布団が通りに横たわっているのだ。
「あぁー」
僕は声にならない声を上げ、急いで目の前の通りへと飛び出した。そしてドロドロの布団を抱え、あわてて家へと駆け戻る。
「はぁー」
ため息しか出てこない。これが快晴の日ならば、根気よく砂やほこりを払えばどうにかなるかもしれない。だが昨日、こちらでは結構な雨が降っていたのだ。まだ少々ぬれていた歩道に落下した敷布団には、もう簡単には落ちそうにない茶色いしみが付いている。
「今夜、どうやって寝るかなぁ」
わが家に敷布団はこれしかないし、今から新たに布団をネットで購入しても、今日中にはちょっと間に合わないだろう。ジメジメした嫌な気持ちで夜を過ごさねばならないと思うと、目の前が暗くなる。
予備の布団を買っておけばよかった、そうでなくとも、車を持っていれば、近所のふとん屋を調べて今から駆け込めたかもしれない。そうだ、ソファを置くだけでも一晩ならしのげたじゃないか。いや、そもそも布団用の洗濯ばさみを買っておけば……。
上京して14年、作家を目指すために、覚悟の上で貧乏暮らしをしているが、ここに来てこんなツケを払う羽目になるとは思わなかった。
結局、畳にざこ寝をし、翌日、腰痛の中で布団を購入した。
きっと、おじさんたちがあのダジャレを好むのは、若い頃、本当にふっとばして辛酸をなめた経験があるからなのではないだろうか。そう、俺はあのときの俺とは違う、かつて布団をふっとばした自分を客観的に捉え、ダジャレという形で提起できる、もう俺は財力も余裕もあるし、仮に布団をふっとばしても何ともないんだぞ。そんな喜びを抱えながら口走っているのではないだろうか、そんな気がしなくもない。その証拠に口をついて出るときは、みんなニコニコしているし、おやじだ、おじさんだ、と言われても、どこかうれしそうじゃないか。
でもね、おじさんがた。気持ちは分かるけれど、布団をふっとばすのは相当の間抜けだけだよ。いろいろなことをすっかり棚に上げて、僕は思った。