火曜日の幻想譚 Ⅳ
425.せき、せき、せき、せき
この間、困った事があったんですよ。
つい先日の話なんですけど、観客の大半が女性ばかりという舞台を、観覧しに出かけたんです。でも、私、あまりそういう場に行き慣れていなくって。なので、会場に着く前から、ものすごく緊張していたんです。で、まごつきながらもチケットを渡し、緊張と寒暖差で汗だくだくになった状態で会場に入る。すると圧倒的に、女子だらけなわけですよ。そんな女子、女子、女子な場所に、汗だくのキモヲタが一人。もちろん、身だしなみは整えてきましたし、すきを見てトイレに行って制汗スプレーも使用しました。ですが、やはり女性に縁がないこともあって、一抹の不安感は拭えません。こんなとき、普通の男性ならスマートな方法で、女性の一人とお近づきにでもなるのでしょうか。ですが、もう私なんかは、
「とにかく迫害しないでください、こちらも危害は加えないようにしますから」
そんな思いで心中をいっぱいにしていたんです。
そうこうしているうちに、舞台が始まります。
座席は指定席なので、周囲の女子が不快な思いをしていないだろうか。ぼっちの私を白い目で見ているんじゃないだろうか。そんなことを考えながら観覧していたら、さらに困ったことが起きたんです。そのころになると、もうすっかり汗は引いていて、私は汗だくではなくなっていました。しかし、体温が急激に下がったせいでしょうか、今度は無性にせきがしたくなってしまったのです。当たり前のことですが、舞台の観覧中にせき込むと、演者にも観客にも非常に迷惑がかかります。しかも、今のご時世です。ここでゴホンゴホンと盛大にせき込むことで、迷惑だけでなく不安を与えることにもなるのです。
私は目を白黒させながら、必死にのどのイガイガと戦い続けました。せきを必死にこらえるせいで、再び汗が流れ出してきます。目の前ではそんな私の暗闘をよそに、見たかった舞台がどんどん進んでいきます。そして、周囲への迷惑や汗やせきに気を取られているうちに、カーテンが降りてきてしまいました。
舞台の内容をろくに味わうこともできないうちに、舞台は終わりを告げてしまったのです。
私は、すばやくトイレにかけこみ、思い切りせきをしようとしました。しかし、もうのどのイガイガは治まり、せきが出ることはなかったのです。
という訳で、この話で伝えたいことは二つあります。まず一つは、そういった席にキモヲタが一人で座っていても、おおむねそいつは無害です。暖かい目で見守ってくださいますよう、よろしくお願いする次第です。もう一つ、せきを我慢するのは非常につらいことです。せきに敏感になるのもよく分かりますが、もう少し優しくしてください。
以上です。
彼━━その名を関くんという、は、せきを切ったようにこれだけ語ると、満足そうに立ち上がり、喫茶店を出ていった。