火曜日の幻想譚 Ⅳ
429.わが家の三英傑
夜遅く仕事から家に帰ってきたら、姉が俺のベッドを占領して寝ていた。
寝ながらマンガを読んで疲れをいやしたいのに、こいつは人の寝場所でよだれを垂らして高いびき。普段から怒りっぽい俺は頭にきたので、尻に蹴りを入れてたたき起こす。すると、
「温めておきました」
とぬかしやがった。
なんだ、秀吉が草履を温めていた逸話のつもりか。もしかしてこいつ、いつか天下を取る気なのか。だが、仕えているのがブラック企業に勤めてる俺じゃあ、それは土台、無理な話だぞ。
いや、よく考えたらそもそも俺に仕えているといえるのか。この20数年間、権力は常に姉側にあったし、俺だけがいろいろと虐げられてきた。まあ、親に叱られたときにかばってくれたり、おやつを分けてくれた思い出も、あるっちゃあるけれど。
そういう意味では、この姉はちゃんとはしてるんだから、むしろ俺ではなく、ちゃんと士官先を決めたほうがいい。そう思い、
「いい加減に彼氏、作って、そいつの布団を温めてあげたりしたほうがいいよ」
とぼそっと伝える。
そうしたら、よほど気に触ったらしく、今度は恐ろしい鬼のような形相になり、説教が始まった。
どうも現代の秀吉は、何がしたいのか分からない。だけど、俺が何かの理由で死んだときは、大返ししてでも駆けつけてきてくれそうだな、とは思った。
「姉ちゃん、兄ちゃん、もう少し静かにしてよ」
説教が小一時間続いた頃、弟が部屋に入ってきた。その手には俺が読もうと思ってたマンガ本。
「目が覚めちゃったから、これ、読んでたよ。面白かった、兄ちゃん、ありがと。でも、夜中にうるさくしないでね」
俺たちはうなずくしかなかった。この弟はいつも最後にいいところを取っていく。ちゃっかり人のマンガも読んでるし。
姉ちゃんが秀吉なら、こいつはさしずめ俺たちが作ったもちを食う家康ということか。
せいぜいすぐキレるぐらいしか信長に似ていない俺は苦笑しながら、それぞれの部屋に帰っていく二人の背中を見送った。