火曜日の幻想譚 Ⅳ
432.横断歩道
朝、眠たい目をこすりながら出勤する。
すると、横断歩道の白い部分以外が地獄の業火になっていた。その炎は地面の少し下でごうごうと、その真っ赤な身を惜しげもなくさらけ出している。
あ然としながらその光景をながめてしまう。確かにこんな遊びを小さい頃にしたさ、横断歩道を渡る際、白いところ以外を踏んだら死亡ってゲームを。でも、そんなものを本当に作るやつがいるなんて。
危ない。とりあえずやめさせよう。とりあえず国土交通省に連絡か。
そう思ってスマホを取り出したら、私の背後から、これから登校するであろう小学生がやってきた。その子は、目の前の白とオレンジで彩られた横断歩道に一向に頓着せず、ひょいと最初の白い部分に飛び乗る。その後もひょいひょいと立て続けに白い場所のみを踏みしめて、さっさと向こう側へ渡りきり、学校への歩をさらに進めていってしまった。
あっという間に横断歩道を渡りきったあの子の後ろ姿を、私は驚きの目で見ていた。何の恐れも迷いもなく、一気にぽんぽんと渡り切るあの度胸。なかなかできるもんじゃない。
だが、相手は小学生。ある意味、横断歩道の白いところのみを歩く現役世代と言っていい。もしかしたら彼は、この遊戯を普段から相当やり込んでいたかもしれない。それなら、無事に渡れたのも当然といえる。
とにかく、私はそんな危険なことはしない。然るべきところにちゃんと連絡して、きちんと処理をしてもらい、胸を張って堂々と渡る。それが大人のやり方ってもんだ。
そう思い、手にしているスマホで、あらためて電話をかけようとした瞬間だった。
通り掛かった小学生の集団が、ぴょんぴょんと一斉に横断歩道を跳んでいく。自転車通学の中学生も、自転車をガッコンガッコンと押しながら、自身は軽快に白い部分を踏んでいく。女子高生も友人と談笑しながら、スカートをひるがえしつつ渡っていくし、OLさんもヒールとタイトスカートで無事に渡り切る。奥さんもベビーカーを器用に持ち上げて何ごともなく向こう側へと行きつくし、私と同じぐらいの年の男性は、困っているおばあさんを背負って、この難所を危なげなく通り抜けていく。揚げ句の果てには、横断歩道を横に通る車すらも、うまくタイヤを白い部分に合わせて、通過していった。
私は二つの意味であ然としていた。なんで、この異常を前に平然としてるんだ。横断歩道がこんなになっていたら、普通は嫌だろう。なのになぜ、何らかの対処をしようとしないんだ?
そして、もう一つ。どうして、車を含めたみんなは、危なげなく渡れるんだ。怖いだろう、普通は。落ちる人もいなければ、ためらう人もいない。みんな、本当に同じ人類なのか。実は違う何かだったりとかじゃのか。
それらの戸惑いを胸に、私は一人だけ横断歩道を渡れず立ち尽くしていた。