火曜日の幻想譚 Ⅳ
433.昼行灯
新卒で入社した会社の、社員研修でのできごとだった。
「どんな社会人になりたいか」というテーマで、発表を行っている時間。新人の私たちは各々なりたい人物像を、言葉を尽くして説明していた。ある者は早く管理職になり、たくさんの人をまとめたいと力強く語る。ある者は現場第一主義で、定年まで第一線で頑張りたいという言葉を紡ぐ。発表はどれも盛大な拍手で終了し、そして、私の番がやってくる。皆に続けとばかりに私は、なりたい社会人像を発表する。
「私は、昼行灯になりたいと思っています」
先輩がたも僕以外の発表者も、少しザワつく。計算通りだ。
「昼行灯は、たしかに昼間は使えません。でも夜になれば素晴らしく役に立つのです。いうなれば、能ある鷹なのです」
あれ、ザワザワが止まらない。おかしい。
「トラブルの絶えない厳しい時代だからこそ、昼行灯が必要であり、自分こそがそうなれる人材だと思っています」
発表が終わる。拍手はパラパラ。皆の頭の上には、ハテナマークが踊っているようだった。
「何かご質問、ございますか」
先輩の1人が手を挙げる。
「話、聞いてると、あんまりいいイメージないんだけど、真面目にやった?」
その口調は質問ではなく、明らかに怒気を含んでいた。僕はおびえながら、有事の際に優秀な働きをすることの重要さを、言葉を尽くして説明する。
「でもそれってさ、平時は使えないってことで、完璧を求めてないってことだよね」
この言葉に、僕は思わず条件反射で反論した。
「人間なんですから、完璧にはなれませんよ」
この言葉が決定打となり、僕は先輩にこっぴどく怒られた。例え完璧になれないとしても、最初から諦めず、着々と努力していくべきだとくどくどと聞かされた。腹の中で納得はしていなかったが、それでも恐れ入りましたと、僕は、頭を下げる。
それから数年の時がたち、同期で入社した中で残っているのは、僕1人になっていた。早く管理職になりたいと言っていた彼女は、自身の能力不足を目の当たりにしたのか、3年ほどで辞めて故郷に引っ込んだ。定年まで第一線で頑張りたいと言っていた彼も、会社の体制に不満を覚え、いつの間にか会社を去っていってしまった。
結局、完璧を求めなかった僕が、一番長く会社に貢献したことになる。常に有事ばかりの零細企業で、昼行灯になれたかどうかは疑問だし、会社に長くいることだけが、正解じゃないのもよく分かっているし、結局のところ、僕も辞めてしまったのだけれど。
ただ、今思うと多少、先輩がたや同期入社のやつらに対して、留飲は下げたかなとは思う。あとは、先輩に質問されたとき、平時の際は他人に任せるだけの器量がある、という観点で説明していたらどうだっただろう。それだけが心残りだ。