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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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438.波打ち際にて



 昔々、ある海沿いの村で起きたできごとだ。

 村に住む粂之助という農民とその嫁が惨殺され、金品などが奪われていた。血みどろの肉塊が転がる中で唯一、残されていたのは、朝吉という粂之助夫妻の一人息子だけだった。

 それなら、朝吉に聞けば犯人はすぐに分かるだろうと思ったが、そう簡単にはいかないことが判明する。朝吉はもともと口を利くことができず、いい年になるのに、海辺で貝を取るぐらいしか能のない男だったからだ。

 村の名主である共之進は、どうにか下手人を捕まえようとしていた。村を挙げてきちんと犯人を捕まえておかないと、お上の覚えも悪くなる。一人を逃がせば、われもと犯罪に走る者も出るだろう。そうなると、当然、村の治安も悪くなる。それ以上に、犯人を捕まえておかないと、名主のこけんに関わるというわけだった。

 共之進は何人かの村人とともに朝吉の元を訪れた。そして、手始めに下手人の名前を記すように言う。しかし、字が書けないのか、朝吉は筆を取ろうともしない。それならと、怪しい者を何人か並べ、父母を殺した者の前に立つよう指示する。それでも、朝吉は微動だにしない。終いには、下手人を指で指し示すだけでいいと言う。だが、そこまでしても朝吉は、座ったまま、動こうとしなかった。

 共之進は困り果ててしまった。先にも書いたように、犯人を引き渡せないとなれば、お上に村の統治能力を疑われるし、村のものにも侮られる。何とかして早く下手人を挙げないと……。

 しばらくして、朝吉が犯人を指し示せないのは、他ならぬ朝吉自身が犯人だからではないだろうかと、共之進は村の者に打ち明けた。村の者はこの考えに飛び付き、朝吉を犯人と決め込んだ。そして、何も言えない朝吉に目隠しをして、村の崖から海へと突き落としてしまった。

 犯人も無事に決まり、ほっと一息ついた村だったが、今度は共之進の身に異変が起こる。今までそんなことは全くなかったのに、夜中、眠っている最中に出歩くようになってしまったのだ。

 初めは、家の中をウロウロするだけだった。しかし、やがて表へと出始める。次第に距離は伸びていき、その足はどんどんと海へと近づいていく。

 そして、ついにその夜が起こった。

 その村の砂浜を歩く共之進。彼の姿がいきなり消えうせた。どうしたのかと思えば、そこに人間が首まで入る程度の穴が掘られていた。その穴にズッポリと入り込んでしまった共之新は、みるみるうちに「何か」によって土をかぶせられ、身動きが取れなくなってしまう。首だけを砂浜に出した格好の共之進は、さすがに目が覚めて人を呼ぶ。しかし、誰しもが寝静まっている夜中、人が来る気配などない。

 共之進は、そのとき、恐ろしい事実に気付いた。潮が少しずつ満ちてきているのを。このままでは、夜が明ける頃にはここは波に沈む。そうなれば口も鼻も海の中。

 共之進は必死で助けを呼ぶ。しかし、誰も来ない。そうと分かると、今度は朝吉にわびだした。本当の下手人は自分であること。自分を下手人と指し示すのは怖くてできやしないであろうと高をくくっていたこと。もし、自分を示したら、その場で殺してしまおうと思っていたこと。

 共之進のざんげは、誰もいない夜の海に響き渡った。だが、やはり助けは来そうにない。結局、彼は、貝を掘るのが好きだった朝吉が、あの世から執念で掘り抜いたであろう穴の中で、波が息をふさぐのを待つしかなかった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔