火曜日の幻想譚 Ⅳ
439.夫婦げんか
マンションの隣室に住んでいる宮本さん夫婦が、夜中、けんかをしているようだ。
深夜、寝静まった頃に叫び声や食器の割れる音が聞こえてくる。その音で決まって起こされてしまう僕らは、眠い目をこすりながら仕方なく電気をつける。
スマホを確認したり、水を飲んだりして10分ほど過ぎるとようやく音は聞こえなくなる。僕と妻はため息をつき、再び電気を消して眠りにつくというわけだ。
宮本さん夫妻は表向きはすごく仲がいい。朝、旦那さんを奥さんが送り出すときも、とても慈しみがある。休日も二人で出掛けているのをよく見かけるし、僕らと計4人でバーベキューに行こうと誘われたこともある。それなのに、夜中はあんなことになっているわけで、夫婦ってのはよくわからないなあと思ってしまう。
そんな折、朝のバスで宮本さんの旦那さんにであった。あいさつをして、つり革をつかみながら世間話をしていると、旦那さんは意外なことを言い出した。
「野村さんさ、夜中、奥さんと派手にけんかしてない?」
僕は驚いた。けんかをしているのはそっちじゃないか。あっけにとられて黙っていると、旦那さんはさらに詳細を口にする。
「深夜2時くらいにさ、いっつも食器の割れる音と奥さんの叫び声が聞こえるからさ。やるなとは言わないけど、もう少し時間を考えようよ」
深夜2時。僕らがけんかで起こされた時間もそのくらいだ。じゃあ、もしかしてけんかをしているのは別の家……? いや、そんなはずはない、絶対に宮本さん宅のほうから聞こえてきている。
僕は、旦那さんの言葉をあいまいに濁して、その日一日、そのことについて考え込んでいた。
その日の夜。
僕は家に帰ると、おもむろに壁をハンマーでたたき割った。突然の行動に驚く妻に、出てきたものを見るよう促す。
そこには、遺体が一つ、開いた穴からうつろな顔をのぞかせていた。
管理会社に問い合わせたところ、以前、この部屋を借りていたのは一組の夫婦だったそうだ。だが、彼らはずいぶん仲が悪かったらしい。そして、その夫婦がマンションを出ていく直前に、奥さんは失踪してしまったそうだ。
僕の報告で行方不明になった奥さんの居場所が分かり、その旦那は逮捕された。彼の供述によると、ある日のけんかの最中、誤って殺してしまい、仕方なく壁に塗り込めたということだった。
奥さんはさぞかし無念だったろう、その恨みつらみが、深夜、僕らと宮本さん夫妻にけんかの音という形で届いた結果、僕らはお互いに壁の向こう側の夫婦がけんかをしていると思い込んでしまったというわけだ。実際は、夫婦を隔てる壁の中から音が聞こえていたのだけれど。
その後、僕らも宮本さん夫妻も気味が悪いので引っ越すことにした。住まいは離れてしまったけれど、僕らの家族ぐるみの付き合いはいまだに続いている。そして会うたびに、夫婦げんかをしてないかどうか確認し合う日々を過ごしているのだ。