小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

火曜日の幻想譚 Ⅳ

INDEX|39ページ/120ページ|

次のページ前のページ
 

442.城造り



 仕事がうまくいかない。

 部下はやる気がないし、ミスが非常に多い。だがそれ以上に、私自身が最近、能率が上がっていない。部長の顔を見るのも怖いほどだ。
 こんなことでは、物事がうまくいくはずもない。どうすればいいか考えた末、初心に帰ろうと思った。すなわち、子供の頃の初めての成功体験、砂場でお城造りをやるのだ。

 恨めしそうな顔の部下が見ている前で、鬼のような顔の部長から何とか有休をもぎ取り、私は真っ昼間、近所の公園へと歩いていく。スーツを着て、手にはバケツとスコップ。街を行く人の大半が私を二度見する。
 公園にたどり着き、砂場の前でストレッチをする。昔と違ってもう歳だ、しっかり準備運動をしておかないと、かがみっぱなしなので特に腰が危ない。

 ストレッチを終え、子どもたちが遊んでいる砂場に飛び込む。いきなりの闖入者に泣きわめく子や驚くお母さん。だが、こっちも仕事の成功がかかっている。おいそれと引き下がれない。
 砂をかき集め、バケツで突き固めてまずは小山を作る。うん、良い土だ。次に頭の中で理想の城を思い描き、少しずつ形を整えていく。設計図を用意してくれば良かった。こういう手抜かりのある所が、本調子ではない証拠なのかもしれない。
 堀、城壁、居館……。手やスコップで少しずつ形を整え、少しずつ脳内の城を造り上げていく。塔を追加するのもいい。城門前には跳ね橋があったほうがそれらしいな。アドリブも入り、少しずつ本来の調子が戻ってくる。この頃になると、私の熱意に心を打たれたのか、造っている城が目を見張るものだったのか、さっきまで泣いていた子どもや怪しい目で見ていたお母さんがたが、私の城作りを固唾を飲んでながめるようになっていた。

 西洋の城といえば礼拝堂も必要だろう。私は城内の狭いスペースに、神に祈りを捧げる場所を作ることにした。この思いつきに気を良くして城造りを進めていくが、この礼拝堂の追加が最終段階に来て問題となってしまった。
 スペースが狭すぎるのだ。それに、礼拝堂といえば十字架が掲げられているはず。だが、もろい土で十字架を形作るのは不可能に近い。

 ここまで来て……。私はうなだれ、思わず砂場に膝をつく。初心に帰るどころか、砂遊びもろくにできない。こんなことでは、もう……。絶望に心が支配された瞬間、背後から声がした。

「おじさん、良かったらこれ」

 私の乱入を全く気にせず、隣で黙々とトンネルを掘っていた男の子。その子がひょいと私に手渡してくれたのは、小さいヘラだった。

「あと、これも。僕の宝物だけど、ちょっとだけ貸してあげる」

そう言って、男の子はポケットから何かを取り出し、それも私に渡してくれる。それは少々いびつだったが、それでも十字架の形をした石ころだった。

「珍しい形だからとっといたんだ。使えそうなら使ってよ」

それだけを素っ気なく言い、彼は再び自分の作業に戻った。

 このヘラと石さえあれば、立派な礼拝堂が作れる。私は彼にお礼を言い、早速作業に取り掛かる。

 それから少しして、ちんまりした礼拝堂が完成する。先ほど借りたヘラでかたどったものだ。そして、その屋根の部分に、そっと、そっと彼の宝物を乗せていく。慎重な作業に周囲の人々も息を飲む。やがて、石は礼拝堂の屋根に触れる。私が手を離すと、それは落ちる事なく立派に天を仰ぎ続けた。

 公園に、声にならない感嘆の空気が飛来する。最初、私という異分子に泣いていた子も、排除しようとしていた母親も、私を含めたその場のものは皆、目の前に現れた建造物に心を奪われていた。

 夕方。名残惜しかったが、借りたものは返さなければならない。私は城を一思いに踏みつぶし、宝物とヘラを彼に返した。彼は「良かったね」とやはり素っ気なくつぶやいて、立ち去った。

 どうも、私は自分一人で仕事をしている気になっていたようだ。だが、一人の力には限界がある。部下を信じ、部長を信じるところからまず始めてみよう。そうすれば、少しずつでも風向きは変わっていくはず。

 新たな思いを胸に、泥だらけの体を風呂場で洗い流す。明日の出社が楽しみだ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔