火曜日の幻想譚 Ⅳ
447.失敗役
今年の新入社員、山中くんは新人にもかかわらず、失敗役の職を仰せつかった。
電話を受けたときに社名でなく自分の名を言ったり、会議中自分のスマホの着信音を鳴らしたりといったかわいいもの。お客さんとの打ち合わせをすっぽかしたり、大切な資料をシュレッダーにかけてしまったりといった重大なもの。失敗役についてからの彼の失敗は、それこそ枚挙に暇がない。
そのたびに、同僚である僕らはため息をつく。でもそれは、こいつ、駄目だ、という諦めのそれではない。よくあんなに美しい失敗を次々に積み重ねられるなという、うらやましさから来るそれなのだ。
失敗役のおかげで、山中くんはすっかり役員の覚えもめでたくなった。しかし、本人は特段、肩に力が入っている様子は見られない。新人ながら、驚いた大物っぷりだ。
上層部もやはり彼の才能を見抜き、早くも管理職への起用を考えているようだ。だが、まだ若手ということで、もう少し様子を見てみようという状況になっていた。
そんなある日のことだった。山中くんは上司のお供に付いていった、とある取引先との接待で、思いもかけず大口の仕事を受注してしまった。あわてた山中くんは酔っ払って失態を繰り返すが、相手方はそれも一興と笑うばかり。結果的に大きな仕事を成功させることになった山中くんは、険しい表情で上司とともに料亭を後にした。
翌日。山中くんはすぐさま失敗役の任をとかれ、管理職への話も立ち消えになった。普通の社員となった彼は、早速、仕事に取り掛かったが、その顔はどこか寂しそうだ。
「やっぱり失敗役はこの俺しかいないな」
山中くんの代わりに、再びこの役職に就いた俺はそうつぶやき、すかさず社外秘の書類を窓へと放り投げた。
風に舞い散る書類。それを見て、山中くんはまた失敗役に返り咲くぞ、と決意を新たにした顔をしていた。