火曜日の幻想譚 Ⅳ
450.あの日の少年
この村のお寺、大釈寺の境内には一本の大きな木があってのう。
何でも樹齢150年をこえるというから大層、立派なもんじゃ。じゃが、この木、お寺の境内にあるせいか、ちょっと不思議な話があってのう。今日はその話をしようと思うんじゃ。
確か、昭和の初め頃、この大木がまだまだ若々しい木だった頃じゃ。わしらはこの境内で、だるまさんがころんだをして遊んどった。みんなも知っておるじゃろう。この木に寄りかかった鬼が、「だるまさんがころんだ」と10を数えて振り向く。そのとき動いていたものは負けのあのゲームじゃ。
じゃが、もうその頃、わしらは随分とこれを遊び倒して、上手な子も下手な子も大体分かっておったので、このゲームに飽いていてのう。半ば惰性でやっておったようなものだったんじゃ。
そんなとき、ふと見ると、全く見ず知らずの少年が、仲間に入れてほしそうにこちらを見ておったんじゃ。
その男の子は、浅黒い肌をしてとても活発そうな10歳くらいの男の子じゃった。わしらはその新顔が珍しいと思ったし、彼が入れば気が紛れるとも思ったので、仲間に加えて遊ぶことにしたんじゃ。そうして、だるまさんがころんだをやってみると、その子はうまいのなんのって。振り向いた瞬間から死んだんじゃないかと思うくらい身じろぎをやめ、鬼があっちを向くとすごい速さで動く。もうだるまさんがころんだの名人と言っていい動きじゃった。
昨日まですっかり張り合いがなかったわしらも、新顔に大きな顔をされちゃあこけんに関わる。ということで、みんなでどうにかしてこの子の動いている瞬間を目撃しようとしたんじゃ。
しかし、容易にその瞬間は訪れず、ついには夕方になってしまった。わしらは潔く負けを認め、次こそはという思いを胸に、その子と別れたんじゃ。
その夜、わしは不思議なことに気が付いた。今日、あの子のおかげでだるまさんがころんだを嫌になるほどやったが、そういえばいつもの場所、いつものあの木でやっていなかった。なんでだろうか。
翌日、わしらは再び境内に集まった。しかし、待てど暮らせど、あの子はやって来ない。昨日、1日だけ、何らかの理由でここら辺に遊びに来た子なんだろう。わしらはそう結論づけて、退屈な日常に戻ることにしたんじゃ。
それから数十年たった、うわさではもう一度だけ、その少年は現れたそうじゃ。やはりだるまさんがころんだが上手だった。そう目撃した子どもたちは言っている。そして、そのときの子どもたちは、彼がいるときだけ、その境内に発生してた異変に気付いとった。
そう。あの大きな木がなかったんじゃよ。
わしらがだるまさんがころんだを、その日一日、違う場所でやったのもそれで合点がいく。要するに目的の木がなかったんじゃ。じゃあ、どこにおったか。よく日に焼けて、活発だったあの男の子。木の正体は彼だったんじゃないかのう。そりゃあ、だるまさんがころんだを嫌になるほど見ているんじゃから、わしらよりはるかにうまくても何ら不思議じゃあるまいて。
じゃが、最近はもうだるまさんがころんだなんて誰もやらん。あの木もきっと寂しがっとるじゃろう。もしよければじゃが、機会があったら、ここで遊んでやっとくれ。そうしてくれれば、この老いぼれもうれしいし、あの子もきっと喜ぶじゃろうしな。