火曜日の幻想譚 Ⅳ
453.家、最強
「…………」
顔、顔、顔。
目の前には、偉そうな人々の顔。そんな顔どもが、ディスプレイに並んでいる。彼らはこの数十分、一言もしゃべらない。ただただ一心に、何かを求めている。
僕はそれを、その救いの言葉を、さんざん焦らすように、口に出さないでいた。最後の最後、奥の手だと言わんばかりに。
それからさらに10分たち、僕はようやく口を開く。
「じゃ、ちょっと考えてみますかね」
その言葉が聞こえた瞬間、お偉方がどよめいた。
「おお、ぜひともよしなに」
「どうか、よろしくお願いいたします」
「なにとぞ、われらに救いの手を」
そんな彼らを手で制し、パソコンの電源を切ってとりあえず一人でくつろいだ。
いろいろあって、リモートワークがクローズアップされる世の中になった。そのおかげで不利になった人、得をした人、どちらもそれなりにいるだろう。だが僕ほど、その恩恵を大きく受けた者はいないかもしれない。
なにせ、会社に寝泊まりするド底辺から取締役まで上り詰めたんだから。
以前の僕は、何をやっても駄目で会社のお荷物だった。そのせいで残業、深夜残業、休日出勤、休日残業は当たり前。それどころか、寝袋を持ち込んで会社で生活をするありさまだった。
そんな、いつ過労死をしてもおかしくない状況。それを救ってくれたのが、リモートワークの採用だった。
数カ月ぶりに帰ってきた安アパート。どういう形であれ今日は眠れる、しかも布団の上で。僕はせんべい布団を敷き終えると、倒れるように眠りについた。
翌日、起きると頭がやけにさえている。それもそうか、久々に布団で寝たんだもの。そう思い、そのままオンラインでの会議に出席した。
その会議で皆の話を聞いてて、がく然とする。話している内容が、小学生レベルとしか思えなかったから。みんな、何でこんな誰でもすぐ分かることを議論しているんだ? 僕が、もっとも過ぎる正論を並べ立てると、顔を真赤にして課長が言う。
「ならば、おまえがやってみろ」
うん、チャンスをくれるならありがたい。僕はすぐさま引き受けた、失敗する要素などどこにも見当たらなかった。
こうして僕は、その課長を追い落としたのを皮切りに、どんどん出世していった。だがわが家を離れて家の布団以外で寝ると、この神通力は失われてしまうことに気付く。だから僕は、もう会社に行くのをやめた。それどころか、もうどこにも外出しない。パソコンの前と布団の往復だけ。それ以外は全てお手伝いさんに頼んでいる。
随分窮屈な生活だと、人は言うかもしれない。それでも、寝袋で会社に泊まる生活よりはましだ。
そして、今回も、会社を左右する重要な決定を下すため、僕は布団で眠りについた。