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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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459.自動販売機



 あなたがお住まいの地域に、何が出てくるか分からないボタンのある自動販売機はありますか。
 見本の缶に「?」というラベルが貼ってあったり、「何が出るかな?」なんて書いてあったりして、押すたびに違う飲み物が出てくるボタンのことです。

 実はうちの近所に、そんな機能を持つ自動販売機があるのです。今日は、その話をしようと思います。

 私がその自動販売機のボタンに気づいたのは、そこに住んでから3年ほどたった日のことでした。暑い夏の夜、家に飲み物がないことに気づいた私は、会社の帰りにその自動販売機で飲み物を買おうと考えていました。ですが、自動販売機の前までやってきたものの小銭がありません。仕方なく、1000円札を入れて飲み物を買おうとしたとき、右下の何の見本もない区画のボタンが、光を放っているのに気がついたのです。
「なんだこれ」
私は不審に思いましたが、暑さのあまり一刻も早く家に帰りたかったし、何より冷たいものを飲みたかったので、普段、飲んでいるお茶を買って帰路につきました。
 家につき、ようやく落ち着いた私は、先ほどの右下のボタンについていろいろと考えます。あの自動販売機はよく使用しているけれど、あそこが光ったのはただの一度も見たことがありません。しかも見本がない場所なのです。
「あんなの、どうせ押す人はいないし。多分業者さんが間違えたんだろう」
私はそう結論づけて、ボタンのことは忘れることにしました。

 それから、数カ月後のことです。
 努めて忘れようと思ったボタンのことが、私は気になって仕方なくなっていました。忘れよう、考えないようにしようと思うたびに、ボタンのことを考えてしまうのです。その自動販売機にも、数え切れないほど行きました。さすがに、あのボタンを押す気にはならなかったのですが、いろいろと飲み物を買ううちに、いろいろなことが分かってきたのです。
 まず、あのボタンは、深夜0時から早朝6時の間だけ光るようです。自動販売機にそのような細工が施せるのか私には分かりませんが、とにかくそういうことなのです。次に、1000円札を入れないと光りません。500円玉を1枚、100円玉を4枚入れても光らないのを確認しました。ということは売られているものは、少なくとも910円以上のものなのです。
 調べれば調べるほど不気味になっていくボタンの存在に、私はどうすればいいか考えます。何てことはない、一度押してなんだか分かればそれまでだ、という主張。君子、危うきに近寄らず、ボタンを押さずとも生活ができるのだから、無理に押す必要はないという主張。それぞれが頭の中で議論を重ね続けるのです。

 結局、悩みに悩みぬいた末の結論として、私はボタンを押すことにしました。ただし、酒の力を借りてですが。
 決行の夜、私はしたたかに酒を飲み、前後不覚になって自動販売機の前へ行きました。そして1000円札を入れて、ボタンを押下したのです。

 その途端。
 口を開けてもいないのに、口内がむかつく液体でいっぱいになるのを感じました。たまらず側の電信柱にはき戻します。しかし、はき戻しても口内の臭いは取れず、酔いも手伝って胃の中のものもはき出します。
 その口内に広がった液体には、記憶がありました。学生のころ、いじめられていたときに飲まされた、雨水や牛乳を吸った雑巾の絞り汁などをブレンドした液体の味。人生で、最もまずいと思ったものです。

 私は胃の中のものをあらかたはき戻して、やっと正気に戻りました。自動販売機を調べると特に飲み物は出てきておらず、お釣りもありません。

「……1000円払って、今までで一番まずかったものを飲ませるってこと?」

 ひどいものをつかまされた、そう思いながら私は家に帰ろうとしました。そのとき、背後から悪役のような人の柄の悪い声がしたのです。

「マズ〜イ! モ〜イッパイ!」

 再び口内にあふれ出す悪臭と汚水。私はあわてて逃げ出し、しばらくその自動販売機に近寄るのをやめたのでした。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔