火曜日の幻想譚 Ⅳ
460.素振り
買い物がてら外に出掛けたら、近所の子が庭で一生懸命素振りをしていた。
地元の少年野球チームに入っているその男の子は、汗を飛び散らせて必死にバットを振り、数字を叫んでいる。恐らく素振りを規定回数分行うために回数を数えてるのだろう。
遊びたい盛りだろうに、その志はとても感心だ。昨今、プロ野球選手も日本という枠を飛びこえ、海外のリーグで活躍する選手も多い。もしかしたらこの子も将来、そういった選手の一人になるかもしれないと思うと胸が熱くなる。
……だが、彼を見ながら僕は、先日、起きた痛ましい事件をつい思い出してしまう。両親と言い争いになった子が、金属バットで父親の頭部を殴ってしまったのだ。幸い一命はとりとめたようだが、近所に住む僕らの衝撃はとても大きかった。
もちろん素振りをする彼が、そのような邪な心でバットを振っているとは思えない。邪なのは僕の心であることは明白だが、いざそういう目で見てみると、バットを振っている目の前の男の子にちょっと恐怖を覚えてしまう。
そうこうしているうちに回数分の素振りを終えたのか彼は手を休め、縁側に置いてあったタオルで汗を拭き、喉を鳴らしてスポーツドリンクを流し込む。そして見つめている僕の存在に気づくと、そっと会釈をしてくれた。
やっぱり、邪なのは僕のほうだ。いろいろ考えすぎておかしくなっているんだ。少しは彼を見習って、体を動かして汗を流す必要があるのかもしれない。そう思いながら、買い物ついでにダンベルの一つでも買ってこようかと考えるのだった。