火曜日の幻想譚 Ⅳ
461.空の椅子
朝、起きてまずコーヒーをいれる。
そのコーヒーをテーブルの向かいに置き、あらためてもう一杯のコーヒーと朝食を作る。席に着き、パンをかじりながら、コーヒーが置かれている向かいの席に、なんとなく今日の予定を話していく。
「今日は、ちょっとめんどくさい仕事があってね。実はゆううつなんだ」
「そういえば、会いたくない人との打ち合わせもあった。でも、頑張らなきゃね」
「お昼は、多分いつものお店だと思う。久々に青じそと桜えびのパスタでも食べようかな」
「残業は、あまりしない予定だね。切りのいいところで帰ってこようと思う」
「晩ごはんは、冷凍のチャーハンでいいかな。もう少ししっかり食べたほうがいいんだろうけど」
予定していることをここではき出しておく。すると、なんとなくその日がスムーズに進むと知ったのはいつ頃からだろうか。しかも、誰かに話している体だとなおいい感じがする。それに気付いて以降、私は朝、一杯のコーヒーを余分にいれ、向かいの席に置くことで話を聞いてもらうことに決めている。
そんなむなしいことをせずに配偶者でやれ、なんて実家の親によく言われる。だが、お互いが自分のことを話してしまいそうで尻込みをしている。とはいえ、ここ最近ずっと自分の話をしているものだから、今度の休みにでも時間を取って、ちゃんと向かいにいる「もの」の話を聞かなくちゃな、とは思っている。
さて、そろそろ片付けて出勤するか、そう思ったとき、カタンとカップに置いたスプーンが音を立てた。