火曜日の幻想譚 Ⅳ
462.ゴミ集積場
実家の近所に、ゴミ集積場がある。
そこはコンクリでコの字の形状になっている二畳ほどの狭い区画で、ところどころが黒いシミで薄汚れていた。真正面には鉄の板が掛けられていて、それにはゴミの種類と捨てる曜日が文字とイラストによって描かれている。
子供の頃、僕はこの集積場の前をよく通っていた。この通りは通学路だったし、近くに友達の家もあったし、駅前に出るためのバス停も近くにある。ここを通らないと、外に出た気分にならないと言っていいほど、僕にとって身近な存在だった。
だが、小学生の高学年になった頃、おかしなことに気が付いた。この集積場、ゴミが置かれているところを全く見たことがないのだ。
普通なら朝の登校時、ゴミ置き場はその日に出されたゴミで、いっぱいになっていたっておかしくない。それなのに、そんな光景は一切見た記憶がない。いつもいつもぽっかりと、何もない空間がそこにあるだけ。ゴミを捨てる曜日は至って普通だ。それは、その置き場に貼られた鉄の板が証明している。でも、ゴミが置かれることがないため、ゴミ収集車がやって来るのも見たことがない。
近所の人たちは、ゴミを捨てないのだろうか。いや、そんなはずはないだろう。ちなみに、わが家は、違う場所が最寄りの集積場なので、そこに捨てに行くことはない。
その事実に気付いたのは、たしか小5の頃だったように思う。でも、その瞬間から、僕はひどくこの場所が怖くなってしまった。なにか特殊な事情があって、この集積場は閉鎖されてしまったのか。だとしたら、その特殊な事情とは何なんだろうか。気付いたのが僕だけなんてこと絶対にないはずなのに、そのことについて誰もうわさをしないのはなんでなんだろう。
結局、その謎を解明することがないまま、僕は実家を出ていってしまった。その後、両親もそこを引き払ってしまったので、僕がこの秘密を解明するには、わざわざかつて実家があったその地域まで足を運び、近所の人を尋ねるくらいしか方法がなくなってしまった。
でも、もうそこまでする労力なんかない。きっとこの謎を抱えたまま、一生を終えると思う。
僕は、村に伝わる風習とか奇習、なんて話が大好きだ。だが、それはあくまで「よそ者」の興味本位に過ぎないんだなあということを痛感する。自分の地元にある奇妙なゴミ集積場。その場所に疑問を持ちつつも、誰にも言い出せなかった僕は、もしかしたら、それらの不条理な風習を興味本位で調べる権利なんてないのかもしれないなんて思った。