火曜日の幻想譚 Ⅳ
479.水槽
家に、大きな荷物が届いた。
おおよそ1メートル×2メートルの長方形。高さは50センチほど。玄関をふさいでしまうほどの大荷物が急に届いたので、僕はあわててスペースを作ったほどだった。
差出人の住所は始めて見る場所。不審に思って調べてみると、なんとアクアリウムショップ。だが、うちにアクアリウムが趣味の人間はいないし、連絡をしてみても、一向に出る気配がない。
同せいをしている彼女の由利が帰ってきたので、早速問い質してみる。だけど、知らないの一点張り。最近、関係がギクシャクしているせいか、反対にこちらに不審の目を向けてくる。
「分かんないなら、開けてみればいいじゃん」
由利はそう言って突然荷物を開けだした。あっという間にこん包はほどかれ、包装もビリビリと破られる。中から現れたのは、なんと巨大な一つの水槽だった。
「…………」
いや、水槽だけならまだよかった。その中のものに僕らは度肝を抜かれてしまう。銀のドレスを着た一人の女性がその水槽内に横たわっているのだ。
「……明穂?」
僕はしばらくぼんやりと見ていたが、女性に見覚えがあったので、つい名前を読んでしまう。
「誰? 知ってんの?」
「うん。元カノ」
そのワードを口にした途端、由利の目がつり上がる。
「じゃ、あんたの荷物ね。明日までにどけといて。別に一緒に出てってくれてもいいけどね」
さらにはそう言い残し、自室に入ってしまった。
僕は、水槽の中の明穂をまじまじと見つめる。敷き詰められた砂利の上に銀色のドレス姿で横たわるその姿は、付き合っていたときの多弁な彼女とはまるで違って静かだった。
「…………」
よく見ると、胸がかすかに上下している。気を失っているだけで、死んでいるわけではないようだ。
「う……うん」
ちょうどそのとき、彼女のまぶたがピクリと動いた。どうやら、気がついたらしい。
それから、小一時間ほどたった。
明穂はすっかり意識を取り戻し、ありあわせのものを食べて体力も回復した。僕はようやく、この不思議な所業の核心に触れる機会を得たというわけだ。
「明穂、久しぶりだね」
明穂はこくんとうなずく。かつてを知る気安さから、ついつい名前で読んでしまう。別室で寝ている由利が聞いたら怒り狂いそうだが、そんなことはどうでもよかった。
「でも、ちょっと奇妙な再会だったから驚いたよ。どうしてこんなことになっているんだい?」
問いかけた瞬間、明穂は泣き出した。そして、言葉少なに語りだす。それを要約すると、こういうことだったようだ。
明穂は、最後のデートでの僕の言葉がずっと心に刺さっていた。水族館で魚を見ていた僕が言った一言。
「この魚たちのように、もう少し大人しい子だったら、僕らももう少し一緒にいられたんだけど」
おしゃべりであるのを自覚していた明穂は、その言葉にいたく傷ついた。その上、その日、別れ話を告げられたわけだ。悔しくて悲しくて仕方がない彼女は、魚を模した銀のドレスを着て水槽に入り込み、物言わぬ死体となって僕の前に現れてやろうと考えたというのだ。
でも、死ぬのだけは怖くて、ついに死にきれなかった。それゆえ気絶した状態で、僕の元にやってきたというわけだ。
「結局、あたしは大人しい子にはなれないんだなって」
明穂は涙を流したまま、うなだれる。僕は心を打たれ、彼女を思わず抱きしめてしまう。
「こっちこそ、そんな思いさせてごめん。由利には申し訳ないけど、僕ら、やり直そう」
翌朝。
昨晩の由利の言葉通り、僕らは水槽だけを残して家を出ていった。