火曜日の幻想譚 Ⅳ
463.不機嫌な顔
愛している妻を永遠にしたかったので、絵を描こうと思った。
動画でも写真でもなく、絵といういささか古風な手段を選んだのは、前者はどこか不純物が含まれてしまいそうだと思ったからだった。言い換えれば、理想の彼女を封じ込めるには、3次元を無理に2次元にするのではなく、自然な2次元の中に彼女を封じ込めた上で昇華させたかったのだ。
もちろん、老いを否定するわけではない。私は愛する妻が老いていくことも肯定できるし、その一生を幸せに過ごしてもらいたいとも思っている。だが、その一方で、最愛の人のもっとも美しい瞬間、それを私の絵筆で理想となったものを、この世に現出させたいという欲望を持ったに過ぎないのだ。
早速、古い画材を引っ張り出し、妻を説き伏せる。彼女は大喜びでモデルを買って出て、キャンバスの前の私と向かい合わせになり、ニコニコとほほ笑んだ。
制作は快調だった。モデルを務める彼女は、その美しさを私の数メートル先で存分に見せつけ、キャンバスの上は、それに勝るとも劣らない魅力が余すことなく解き放たれていた。
ところが、ある日、私たちはささいなことで言い合いとなってしまい、お互いに不機嫌な状態でアトリエに入った。当然、私の絵筆は進まないし、彼女の魅力も半減する。その日はほとんど進まないまま、作業を終えることになってしまった。
数日後。
彼女と仲直りした私は、先日の遅れを取り戻そうと意気揚々と絵筆を握る。すると、キャンバスに異変が起きていた。
キャンバスに描かれた彼女の顔が、いつの間にか不機嫌な表情に変わっているのである。私がそんなふうに描くはずがない。だが、アトリエにはきちんと鍵をかけているので、誰かが侵入して書き換えたとも思えない。結局その日は、おかしなこともあるもんだと思い、仕方なく顔を塗りつぶして描き直した。
しかし、翌日。やはり顔が不機嫌になっている。しかも昨日よりも若干、不機嫌の度合いが増している。私は、この日も顔を塗りつぶして対応するしかなかった。
次の日。嫌な予感を抱えながらキャンバスをのぞき込むと、案の定また顔が変わっている。いい加減、頭にきていた私はキャンバスを切り裂いて、1から彼女を描き直すことに決めた。
しかしその後、何回、描いても理想の彼女を描くことはできず、代わりに描かれていたのは不機嫌な彼女だけだった。
そのため、私は結局筆を折り、理想の彼女を封じ込めるという作業をやめざるを得なかった。