火曜日の幻想譚 Ⅳ
366.ふるさと
君の故郷には何か有名なものはあるかって? うーん。あると言えばあるけど、ないと言えばないかな。
……不思議そうな顔をしているね。まあ、それも無理はないか。うん。じゃあ、僕の故郷についてちょっと話をしようか。
僕の故郷は中国地方の寒村だけど、特に目立った事跡はない。合戦なんか行われなかったし、ききんもそれほど起こらなかった、参勤交代で大名が通ったこともない。何か特産物があるわけでもなく、ただただみんな、田畑を耕し、その血を受け継いで生活をしてきたんだ。そういう意味では、質問に対する答えは、「ない」ということになるね。
でも、昭和の世になって都会に出ていく人が増えたら、故郷に何もないのを気にする人が出てきたんだ。恐らく、君みたいに聞いてきた人がいたのかもしれないね。
その中の一人に井谷さんという人がいた。そう。僕と同じ名字だ。多分、遠縁なんだろう。井谷さんは、自分の故郷に何も誇れるものがないのをことのほか気にしていた。初対面の際、故郷の話になるのが嫌で、人と合うのを避けていたほどだったらしい。
でも、そうやって人と接することが苦手になってしまうと、都会で仕事をしていくのは難しい。結局、井谷さんは荷物をまとめて故郷に帰ることになってしまった、何もない故郷にね。
そのとき、井谷さんは考えた。故郷に何もない、なら作ればいいじゃないかと。そうして、故郷の名を世間に知らしめるべく活動を始めたんだ。……けど、そのやり方がちょっとまともじゃなかった。きっと井谷さん、都会で嫌になるほど故郷について聞かれたので、ノイローゼになっていたんだろう。全財産を投じて立派な自分の供養塔を建立し、それに縄を引っ掛けて自分の首をつってしまったんだ。
残された書き置きには、この供養塔を全国に広めることで、今まで故郷に何もなくて虐げられてきた無念を晴らしてほしいということが書かれていた。
でもね、故郷に何もないことを指摘されたって、井谷さん以外の村人は故郷を否定されたともなんとも思っていなかった。さっき君も聞いてきたけど、単に話題として聞いてきただけで、そこに意地の悪い気持ちなんか入ってないことは、僕だってよく分かっているよ。
だから、井谷さんがそんな壮絶な死を遂げたときも、村人たちはみんな困惑するだけだった。別に村に何もなくたっていいじゃないか。なんで、自分の命まで投げ捨てて村に有名なものを作らなきゃならないのか、村人は誰も井谷さんの考えに同意できなかったんだ。
というわけで、井谷さんが自分で立てた供養塔。それが村の名物だとも言える。けれど僕ら村人は、この供養塔で村おこしをしようなんて考えてないし、故郷に何かあるか聞いてきた人々を嫌ってもいない。だから、村に有名なものがあるかと聞かれても、さっきみたいな曖昧な返事をするしかない。まあ、井谷さんにはちょっと申し訳ないけれど。
でもね、井谷さんみたいに、なんでそんなたわいもないことで傷ついてしまうんだって人は結構いるもんだ。だから、あんまり故郷に有名なものがあるかどうか、気軽に尋ねるのもどうかな、とだけは君に言っておくよ。