火曜日の幻想譚 Ⅳ
368.逃避
月曜日の朝。
眠たい目をこすり、最寄りの駅へと歩く。いかんともしがたい憂鬱感。これから一週間が始まるという拭い去れない現実が、否応にも重くのしかかる。
「ハァ〜」
ため息が止まらない。生あくびも止まらない。会社に着く前から疲れている。
「そもそも、なんで満員電車に乗ってまで、会社に行かなきゃならないんだ」
はやり病のせいで、自宅勤務の人たちも増えた。なのに自分は、なぜこんな危険を犯してまで、やりたくもない仕事をしに行かなきゃいけないんだ。肩こりがひどい。どことなく体がだるい。こんな状態で出勤しても仕事にならないだろう、そんな考えが頭をもたげ始める。
……いっそ、休んじまうか。何なら、海でも見にいってやろう。
そうと決まると、妙に元気になる。さっきまでの体の疲れも、気持ち柔んだような気がしてくる。
スマホの向こうで、確実に苦い顔をしている上司に、空気を読まず有休の意志を告げ、携帯の電源をオフにする。
全く。おまえの心の中なんか、知るもんか。こういうのを調整するのが、管理職の役目だろ。いつもふんぞり返ってるだけなんだから、たまには仕事しろ。いろんな思いがあふれ出すが、貴重な休みに会社の人間のことを考えるのはもったいない。そんな気持ちをさっさと打ち消して、早速、ほとんど人のいない下り方向の電車に乗り込んだ。
何本か電車を乗り換え、名前すら初めて聞くような路線のボックスシートに座りこむ。午前中からおつまみと缶ビールを買い、景色を見ながらスーツで飲んだくれる。隣のボックスに座っていた高校生らしき女の子は、あからさまに嫌な顔をしていたが、もうそんなのは関係ない。
そうやって、しばらくローカル線に揺られていると、待望の海が見えてくる。ひたすらに何もない。あるのは水平線と、小さく浮かぶ船の影がいくつかあるばかり。正直、車窓から見える海は、どんよりと濁っていたが、それでも心は晴れわたっていた。
「どっか適当な駅で降りて、飯でも食って帰るかぁー」
思わず思ったことを声に出し、伸びをしてしまう。隣の子がビクッと体を震わせて、こちらをチラ見する。別にもう、見知らぬ女子にどう思われようがどうでもいい。この景色を見ながら、うまいもん食って、さっさと帰って早く寝る。それだけをするために、きょう一日を消費しよう。
というか、もういっそ会社辞めちまうのもいいかもなあ。そんな事さえ、頭に浮かんでいた。