火曜日の幻想譚 Ⅳ
376.貸したお金
あるところに、ケチな男がいた。
その男は、そのケチっぷりでかなりの財産をため込んでいたが、一つだけ気に入らないことがあった。小学生のとき、とある級友に50円を貸したのを踏み倒されていたのだ。
もう数十年も昔の話、しかもたかだか50円玉一枚なのだが、この吝嗇家にはそれすらも我慢がならなかったらしい。とにかく自分の持ち金が増えることしか考えていないのだ。
そんなある日、久しぶりの同窓会の連絡が舞い込んできた。しめた、これはチャンスだ。男はほくそ笑む。この機会を利用して、あの50円を取り返してやろう。忘れたなんていいわけは許さない。何としても取り返してやるぞ。
男は50円を取り返すべく、さまざまな策を弄した。当時の状況をなるべく思い出す。確か、みんなで遊んでいる最中に駄菓子屋にいったこと、そこであまりお金を持って来れなかったあいつのために、少しばかり貸してあげたこと。当時を詳細に思い出した彼は、そのときその場にいた友人たちに前もって連絡を取り、わざわざその時の話をしておく。男はからめ手すらも手を抜かず、確実に50円を手にしてやると意気込んでいたのだ。
当日。早速、お金を貸していた話を切り出す。
「ああ、そんなこともあったね」
その級友もすぐに当時のことを思い出す。だが、その直後、意外な言葉を付け足した。
「確か、借りたのは100円、だったよね」
なんだこいつ、借りた額を覚えていないのか。しかも、多めに間違えてやがる。こちらとしては、額が多いならそれに越したことはない。男は50円という金額を伏せたまま、100円玉を返してもらう。根回しをしておいた周囲の友人たちは、額の違いにもやもやしていたようだが、そんなことは知るもんか。1円でも多く自分の懐に入れば万々歳な男は、ホクホク顔で同窓会を後にした。
だがその日を境に、男の身の上に奇妙なことが起こり始めた。
計算をことごとく間違えるのだ。しかもお金に関することばかり。借金の取り立て額を間違え、少ない額で了承してしまう。借入額を間違えて、資金調達に間に合わない。挙げ句の果てには、ちょっと寄ったコンビニエンスストアや定食屋の精算ですら勘違いしてしまう。
そんな体たらくゆえに、男は次第に周囲の信用を失っていった。それに伴い、男自身も自信を喪失していく。気が付くと、周囲には人はもちろん、お金もいくらかしか残っていなかったという。