火曜日の幻想譚 Ⅳ
379.彼女のお題
クラスの女子、伽菜(かな)が2月14日に渡したいものがあると言ってきた。日付的にどう考えても「あれ」だと思うが、こんなあらたまって予告されたのは初めてだ。今までは当日に「ほいっ」と、義理丸出しなものを置いていくだけだったのに。
どういう風の吹き回しだろうと思いつつ、当日、呼び出された校舎裏に行ってみる。すると、伽菜は大きな寸胴鍋を引きずりながらやってきた。
「はぁ、はぁ。やっと着いた」
汗だくの伽菜はにっこり笑うと、寸胴鍋のふたを開ける。その途端、食欲をそそるエスニックな香り。そう、カレーだ。
「…………」
俺は絶句した。だってそうだろう。2月14日に女子が男子に渡すものといえば、チョコしかないじゃないか。そりゃあ手作りのカレーも嬉しいけど、何も今日である必要はないはずだ。そこまで考えて、俺ははたと思いつく。そうだ。伽菜は最近、お笑いにハマっている。確か、何とかとかいうお笑いトリオの熱狂的ファンなのだ。きっと、そいつらのやっている大喜利の影響でも受けたんだろう。お笑いは正直得意じゃないが、ネタを振られたのなら全力で応えなければ。俺はこの状況をお題として捉え、しばし考え込む。
「伽菜。このカレー、隠し味にチョコが入ってるんだよね」
「…………」
「ねえねえねえ、チョコ。これ絶対チョコ入ってるよね?」
伽菜はがっかりした表情で、首を横に振る。実際のところ、本当に入っているかはどうでもいい。もてない男のチョコが欲しい気持ちを体現した回答だったんだが、女子にこの気持ちは分からんか。
それなら、これはどうだ。
「ご飯は?」
「…………」
「伽菜、ライス。それかナンが欲しいな」
「…………」
これもイマイチか。「カレーかよ!」というツッコミをあえてせずに受け入れて、さらにライスやナンを要求してみたんだが。……しょせん俺には芸人ほどのセンスはありゃしない。諦めかけたその時、頭にある答えがひらめいた。
翌月。俺は伽菜を校舎裏の同じ場所に呼び出し、寸胴鍋でシチューを持ってきてやった。説明するのも野暮だが、ホワイトデーにホワイトシチュー。カレーとも釣り合いが取れていて、決して悪い答えじゃないはずだ。伽菜もようやく及第点を与えてくれたのか、にっこり微笑んでくれる。俺たちは、二人でシチュー入り寸胴鍋を持ちながら校舎へと戻った。
これが決め手になって、俺と伽菜は付き合うことになった。来月は伽菜の誕生日がある。これはお題の出しがいがありそうだ。