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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Straight ahead

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 幸樹はインプレッサを走らせながら、助手席に座る果歩を見た。来るなと言っても聞かないだろうとは思っていたが、自分より早く準備を済ませるとは思っていなかった。先手を打たれたことに衝撃を受けたようで、今でもその頬は紅潮している。
 果歩は、幸樹が一度こちらを向いたことを視界の隅で察知したが、何も言わずにフロントガラスの先へ広がる殺風景な景色を眺め続けた。この復讐が始まってから今までずっと、幸樹がやろうとしていることを理解できなかったし、だからこそブレーキの役割ができると思っていた。人生を捨てようとしているのではなく、そこに何の期待もしていない。人が壊したものを修理するだけだと、幸樹はよく言っていた。その空っぽさを埋めたくて、できるだけ二人で共有する記憶を作るために、よく一緒にご飯を食べに行った。でも、あまり食べないでいると胃が縮むように、今までの思い出が少なすぎると、いずれは新しいものも入らなくなってしまう。
「罠やと思う?」
 果歩が言うと、幸樹は首を傾げた。
「どやろな。罠やったら、引き返すか?」
 果歩は首を横に振った。今は、助手席に乗る動機がはっきりしている。兄が立てた道筋の邪魔をされた。それが何よりも腹立たしい。だから、ブレーキ役はもう終わり。
 緑地公園を通り過ぎて左折したとき、リアシートの上に寝かされた散弾銃が滑ってドアにぶつかり、鈍い金属音を鳴らした。果歩はスマートフォンを見つめながら、言った。
「まっすぐ突き当たりまで行ったら、また左。入口がある」
 幸樹はT字路に辿り着くと、インプレッサのギアを落として左折した。消えかけてもなお自己主張を続ける『沢倉運送』と書かれたロゴと錆びた門が見えて、その片方が大きく開かれていた。先に大きな駐車場が広がり、奥には三階建ての建物。電気が通っているらしく、一階と二階の窓が光っている。
 幸樹がスマートフォンを取り出すと、それを予知していたように着信が入った。通話が始まるのと同時に、源は言った。
「見えてるぞ。入ってこいや」
 幸樹は門の近くに誰もいないことを確認しながら、インプレッサを進めた。後ろで扉を閉められたら、厄介なことになる。源は電話の向こうで笑った。
「おれの車、見えるか? ジムニーや。隣に停めろ」
 幸樹はリアシートに手を伸ばし、散弾銃を引き寄せると、クラッチの隣に開いたレッグスペースに差し込んだ。散弾は四発装填されている。建物の前に停められたジムニーの隣まで移動すると、幸樹はインプレッサを完全に停車させ、スマートフォンをスピーカーに切り替えて言った。
「で、おれらのおもちゃは?」
「その前にちょっと、聞いてくれるか」
 源が言い、幸樹は果歩の方を見て、会話に加わらないよう目で制した。果歩は辺りを見回しながらも、源が話し始めるのを待った。
「ゴローさんは、南団地に昔から住んでた。立松も含めて、この辺の連中がまともやないのは、なんとなく分かったやろ。おれも綿野も、愛華もやな。柿本はもっと酷かった」
 源は一気に言い、一旦呼吸を整えると続けた。
「でも愛華の娘は、違う。愛華が庇わんかったら、お前が差し向けたチビに刺されてるとこやった」
「おれは何も言ってない。あいつが勝手にやったんや」
 幸樹は思わず口を挟んだ。その口調に含まれた焦りから微かに残った正義感を感じ取った源は、笑った。
「それは残念。でも、もう遅いな。あの子は、目の前で自分の母親が切られるとこを見てる。南団地の名物、知ってるか? 通称、おとし玉」
 幸樹と果歩が顔を見合わせると、源は直に会話をしているような間を空けてから、続けた。
「落とすって書くんやけどな。お前らにもやるわ」
 源が言い終わるのとほとんど同時に、暗い影がインプレッサのボンネットを覆い、果歩は目線を上げた。二階から落とされた今川がフロントガラスを突き破り、ダッシュボードとシフトレバーの間にめり込むように血まみれの顔を突っ込んだ。衝撃でセンターコンソールに置いたスマートフォンが跳ね返って顔にぶつかり、果歩は悲鳴を上げた。
「二階に来い。手前の部屋や」
 源はそう言うと、通話を切った。幸樹はシートの隙間から散弾銃を抜くと、運転席から転がり出た。果歩は助手席から出て一度転んだが、よろけながら立ち上がり、フロントガラスから鋼材のように突き出した二本の足を見つめた。幸樹も同じようにしていたが、散弾銃を持ったまま屈みこんで、細く息をする今川に言った。
「おれ、頼んでないですよね?」
 返事を待たずに、幸樹は散弾銃を今川の顔に向けて、引き金を引いた。車内がフラッシュを焚いたように赤く光って反動で銃口が跳ね上がり、今川の顏が半分に割れて足が跳ねた。
「いらんことしよって」
 耳鳴りを抑えるように、幸樹は左耳に手を当てた。銃声がこんなに大きいとは思ってもいなかった。先台を引いて空薬莢をはじき出すと、次の弾を装填して果歩に言った。
「隠れとけ」
 返事を待たずに、幸樹は散弾銃を持ったまま建物の中へ入った。一階は事務所と食堂、そして大浴場がある。二階への階段を上がり切ると、幸樹は廊下へ銃口を向けた。会議室と仮眠室があり、手前の会議室はドアが開放されていた。自分の影が飛び出さないように気を遣いながら、幸樹は中を覗き込んだ。窓が開きっぱなしになっていて、冷気が流れ込んでいる。ここから今川を投げ落としたのだろう。幸樹は後ろを振り返った。こっちが銃を持っているということは、もちろん分かっているだろう。何で武装していようと、少なくとも背後を取れるようには考えているはずだ。廊下の奥にある仮眠室へ視線を向けた幸樹は、何も動きがないことを確認してから、身を低くして前に向き直った。散弾銃の銃身を反対側から掴んだ源が力任せに引っ張り、バランスを崩して部屋の中へ引き込まれた幸樹の腹に膝蹴りを叩きこむと、その手から散弾銃を奪い取って部屋の反対側へ投げ飛ばした。
「手前の部屋って言うたやろ、方向音痴かお前」
 そう言うと、源はドアを閉めて鍵をかけた。幸樹が立ち上がったとき、その身長が自分よりも高く、体重もあることに気づいたが、言った。
「でかいなお前。気い済むまでかかってこいや」
作品名:Straight ahead 作家名:オオサカタロウ