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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Straight ahead

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「なんか、色々書いてあったぞ」
 綿野が言うと、愛華は期待を裏切られたように眉をハの字に曲げた後、源に向かって手をひらひらと振った。
「これから、どうするん?」
「それでき上がったら、全員でおれの家に移動しよか。車、動くよな?」
「ん−、多分」
 愛華はいつも通りの口調に戻ると舌を出して笑い、棚から弁当箱を取り出して、中に銀紙を敷いた。移動するから、チャーシューは車の中で食べる。源はその段取りの良さに感心しながら、言った。
「なんか縛れるもんないか? こいつ、ゴツゴツしてて、ケツ痛いねん」
 愛華が引っ越し用のロープを渡し、源は今川を後ろ手に縛ると、襟を掴んで引っ張り上げた。
「先に出とくぞ。こいつの顔を花梨に見せたくない」
 源はそう言うと、荷物を抱えるように足を浮かせて今川を連れ出した。ドアが閉まる音が鳴るのと同時に電子レンジがブザーを鳴らして止まり、愛華は熱で曲がった紙蓋を開けて、中身を弁当箱に詰め込みながら言った。
「花梨、チャーシューできたよ」
 呼ばれるままに出てきた花梨は、弁当箱に引き寄せられるように匂いを吸い込み、部屋の中を見回した。
「ゲンゲンは?」
「先に下りてる。ゲンゲンの家に誘われたんやけどさ。行ってみようか?」
「行く」
 弁当箱を受け取った花梨は、上からコートを被せられて、耳当てを挟まれたところで、言った。
「あの、ナイフの人は?」
 愛華はダウンジャケットを羽織りながら、笑顔を作って言った。
「ゲンゲンが捕まえてるよ」
「そっか。綿ちゃん、元気ないよ」
 花梨に背中をぽんと叩かれ、綿野は首をすくめながら言った。
「そう見えるか? 燃えとるで」
 靴を履くとき、愛華は金色の金属製チェーンがぶら下がっていることに気づいて、口をぽかんと開けた。
「チェーンも切ったんや、やば」
 あちこち錆びているミニカに三人で乗り込み、愛華は、タイミングを合わせて動き出したジムニーの後ろについて走り始めた。源の住むマンションは愛華のアパートから十五分程度で、そんな短時間でここまで景色が変わるとは信じられないぐらいに、全てが整理整頓されていた。置きっぱなしのゴミ袋もなければ、カラス避けも倒されることなく立っている。花梨が後部座席の窓から見上げながら、チャーシューの最後のひと切れを食べ終えて言った。
「ゲンゲンの家、綺麗」
 先に停まったジムニーの運転席から降りてきた源は、コインパーキングに収まったミニカの助手席から降りた綿野に鍵を渡して、言った。
「今川を見張っとくから、二人を上に上げてきてくれ」
 綿野は、愛華と花梨を連れて八階まで上がり、八〇七号室の鍵を開けた。愛華はその慣れた手つきに笑った。
「自分の家みたいやん」
「よう呼ばれるからな。ここは防犯カメラだらけやから、簡単には手は出せんと思う」
 綿野は靴を脱ぐと、自分の家のように廊下へ上がり、居間の電気を点けた。愛華と花梨は、整理されてほとんど家具がないように見える部屋に上がり、花梨が愛華の顔を見上げると、言った。
「なんか、悲しそうな部屋」
 愛華は空間ばかりの部屋を見回しながら、自分が住む三〇一号室に源がいたらどんな感じかということを、想像した。花梨は『悲しそうな部屋』が気に入ったように、自分の身長の倍はある大きなソファに寝転がった。綿野がテレビをつけて、ゲーム機を引っ張り出すと、言った。
「ゲンゲンは、ゲームなんでも持っとるで」

 不在票のリンクをタップしたら、SMSのアプリが再起動した。果歩は再度アプリを開こうとしたが、しばらくはフリーズしたように反応がなく、再度開いたときには不在票のメール自体が消えてなくなっていた。アップデート中のように動作が重く、いつもと調子が違う。
「今川さん、連絡せんの?」
 果歩が言うと、幸樹は首を横に振った。
「あいつの携帯に履歴を残したくない」
 幸樹はスマートフォンの時計を眺めた。一時間以上経つ。柿本のメモから辿れたのは、のんべえ立松の場所や、高崎の住んでいた『南団地』。そして、森島愛華の家。三か所の中で訪れる意味があるとしたら、森島の家しか残っていない。散弾銃を残してどこかへ消えるというのも、考えづらい。目撃されていて、あっさり警察に捕まったということもあり得る。果歩はスマートフォンの操作を諦めてバッグに投げ入れると、誰にともなく呟いた。
「調子悪っ」
「ケータイか?」
 そう言ったとき、幸樹は自分のスマートフォンに着信が入ったことに気づいた。登録されていない番号。通話ボタンを押すと、記憶のどこにもない低い声が言った。
「本堂幸樹か?」
 幸樹は答えなかった。少なくとも用事があるのは、相手の方だ。電話の向こうでは、何かが転がるような風切り音が鳴っていた。おそらくは、車を運転している。低い声は続けた。
「エバーグリーンコーポやろ。こっちから行ったろか?」
 幸樹は玄関の鍵が閉まっていることを確認すると、カーテンを少しだけ開けて外を見た。何人かが歩いているのが見えるが、車の姿はない。今川が捕まった。デカブツとハゲだ。幸樹はスピーカーに切り替えると、果歩にも聞こえるようにテーブルの上へ置いた。
「お前、ハゲてるか」
 幸樹が訊くと、低い声は笑った。
「それは綿野やな。おれは源」
 この素早さで、ほとんど先読みするように動くとは思っていなかった。幸樹は後頭部に手をやると、ソファに腰を下ろした。
「デカブツの方か」
「なんとでも呼べ。お前のおもちゃを預かってる。交番の前で下ろしたろか? こいつ、オウムみたいになんでもしゃべりよるぞ」
「待て」
 幸樹はそう言ったが、次になんて言うべきか思いつかず、視線を走らせた先にある散弾銃を見つめた。幸い、今川は道具を残した。
「分かった。返してくれ」
 幸樹が言うと、源は呟いた。
「沢倉運送の跡地に来い。緑地公園の裏や」
 果歩がスマートフォンを取り出して検索し、地図を幸樹に見せた。それを自分の目で確認した幸樹は、源に言った。
「デカブツとハゲ、会うんが楽しみや」
「ハゲは置いてきた。お前らみたいなんには勿体ない」
 そう言って、源は電話を切った。
     
 一旦出て行ったはずの綿野が帰ってきて、愛華がドアを開けるなり言った。
「愛華、車貸してくれ! あいつ、ひとりで行きよった」
 愛華は目を見開き、後ずさって尻餅をつきそうになりながら壁で体を支えた。
「なんで?」
「ゲンゲンの頭の中は、おれには分からん」
 綿野が言ったのと同時に、愛華は自分のスマートフォンをポケットから出し、源の番号を鳴らした。留守番電話に切り替わり、希望を失ったように宙を見上げると、愛華はスマートフォンをポケットに戻した。
「出るわけないか。どうする気なん……」
 愛華がそう言ったとき、綿野のスマートフォンにメッセージが届いた。綿野はそれを開くと、呆れたように愛華に文章を見せた。
『兄妹共々、ちょっとしばいてくるわ』
 愛華は、ゲームをしている花梨の元に駆け寄ると言った。
「花梨、ママもちょっと出るから。ゲーム楽しい?」
「うん。いってらっしゃい」
 花梨が画面から目を離すと、綿野の方をちらりと見て、言った。その、全てを察しているような暗い目の光に、愛華は目を伏せた。
作品名:Straight ahead 作家名:オオサカタロウ