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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Straight ahead

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 今川に再び体重を乗せた源は、何が起きているか分からずに取り残されたような、不安げな口調で言った。愛華はうなずくと、猫背を少しだけ起こした。
「これは、私が作ったんやけど。企業がお漏らしした案件を芋づる式にひっかけるためのやつ。ECサイトに登録してるメールアドレスと電話番号が出てきた」
 綿野がチャーシューの箱を片手に部屋の中へ戻ってきて、言った。
「どう、進んだ?」
 源が代わりに答えた。
「あの黒縁眼鏡は、ホンドウカホ。二十歳」
「へえ」
 綿野は何がどうなってそのことが分かったのか、全く呑み込めていない様子で頷いた。愛華はディスプレイを見たまま、早口で言った。
「流出したときの利用履歴見てる感じやと、買い物中毒やね。ひと月の引き落としが三十万超えてる。化粧品に服に……、すごいなマジで。これちょっと、そういう病気なんちゃう?」
 流出情報から素早く引き出せるのは、とりあえずここまで。愛華はスマートフォンの時計を見た。
「夜の七時、土曜日か。ここに果歩ちゃんを呼べるかやってみるわ」
 綿野が顔をしかめ、源が目を丸く見開くと言った。
「呼ぶって、マジか?」
「物理的にじゃないよ。不在票で誘ってみる。こっからがスリル満点やね」
 愛華はそう言うと、配送業者が不在時に送るテンプレートのメールを使って、不在のため持ち帰りましたという内容のメールを作ると、再配達依頼のリンクを差し替えた。登録されている電話番号にSMSメッセージを送信すると、ひと息ついたように表情を緩めた。
「さー、来るかな」
「来たら、どうなる?」
 綿野が言うと、愛華はディスプレイを眺めたまま言った。
「うまくいったら、色々と分かるかも」
 数分が過ぎたとき、ディスプレイが一瞬点滅した。源と綿野は画面に映し出される情報を見ようと、首を伸ばした。フォルダーでぎっしりと埋まる、殺風景な電子の世界。
「踏んだ。踏んだ踏んだ。わー、お邪魔しまーす」
 愛華はうわごとのように言い、猫背に戻ってフォルダの中身を確認し始めた。源はその口調が『パニック森島』そのものであることに気づいて、綿野と顔を見合わせた。愛華は、パニックになると何を言っているのか分からなくなる。そう思っていたが、実際には違ったのかもしれない。頭の中が常に高速で動いていて、振り落とされた思考が言葉になって落ちてくるだけで、もちろんそれを聞き取った側は理解できないが、本人の頭の中では全てが繋がっているのだ。綿野は、整列するフォルダを眺めながら言った。
「これ、何の画面?」
「果歩ちゃんの、スマホの中身」
 そう言うと、愛華はデータ通信量アプリの履歴を覗き、目を丸くした。スマホ本体に入っているデータの総量の、倍以上ある。
「いいプラン入ってるなあ。色々もーらお」
 誰にともなく言った愛華は、セキュリティソフトのサービスを停止させて、軽いブラウザのキャッシュファイルとアドレス帳を控えめに転送すると、SMSメッセージファイルを最後に転送した。一度に大量のデータを動かすと警告メールが果歩に届いて、裏でデータを吸い取っていることが発覚してしまう。SMSメッセージを解析用のツールで変換し始めたとき、源が言った。
「色々あったか?」
「うん。見る前にもう一個だけやっとく」
 位置情報アプリのデータを覗いて、自分のパソコンの地図に座標を入力した愛華は、源に言った。
「現在地は、エバーグリーンコーポ。ウィークリーマンションにいてる」
 源は条件反射のようにスマートフォンを開き、地図を確認していたが、ふと気づいたように顔を上げた。
「それ、全部パソコンで分かるんか?」
 愛華がうなずいたとき、呼吸を共有するように、ディスプレイにメッセージボックスが表示された。
「終わったみたい」
「何が?」
 綿野がチャーシューの箱を開けて、蓋の裏に書かれた説明書きを読みながら訊くと、愛華は学校の先生のように、ディスプレイを指差した。
「メールの中身とアドレス帳のマッチング。どの人と何を話してるかが、大体分かる」
 綿野が目を丸くしたことで、少なくとも驚いたということを確認すると、愛華は今川の方を向いて言った。
「誰に頼まれて来たん?」
「果歩の兄貴」
 今川はまた重みからすこしだけ解放されて、言った。愛華はマウスを指でとんとんと叩いた。
「兄ちゃんね、了解。本堂幸樹か。綿ちゃん、これ控えといて欲しい」
 綿野は、カメラで本堂幸樹のアドレス帳情報を撮ると源のスマートフォンに送り、それだけでひと仕事終えたように息をついた後、まだ動いている別のツールの画面を指した。
「そっちは、まだ何かやってるんか?」
「うん、こっちはマル秘」
 愛華が歯を見せて笑うと、綿野はチャーシューの説明書きに戻りながら、言った。
「マル秘て。自分、年齢サバ読んでるやろ?」
「言うとけ言うとけ。終わったよ。本堂幸樹、本堂果歩。本堂達也……」
 画面を見ながら呟いていた愛華は、目を大きく開いて息を呑んだ。源が顔を上げ、綿野はチャーシューの箱をテーブルの上に置いた。
「マル秘か?」
「元ダンナの初仕事やわ。窃盗団とグルになってたやつ。相手は、トラックに轢かれて亡くなったんよ」
 愛華はそう言うと、今までの熱が一気に冷めたように、椅子にもたれかかった。柿本が関わってきた案件は、全てデータベースの中に入っている。七年前、別れるということを頭の中だけで決めたとき。柿本の『人ってのはよう分からん』という短い言葉の背後に、この二人がいたのだ。
「私が大学出て、まだそんな経ってないときやったわ」
「そんな昔の話か」
 綿野が言うと、愛華は目を伏せた。柿本が殺された理由ははっきりしているし、殺されても不思議じゃない。ただ当時、柿本の隣で笑っていた明るい茶髪の若い女が、自分なのだ。新卒でIT企業に入って数か月で妊娠が分かり、社会から抜け出したばかり。もし目の前に本人達が現れたら、なんて言えばいいのだろう。
 綿野はチャーシューの箱を冷蔵庫に入れて、言った。
「これは、ちょっと後にするか」
 愛華がうなずいたとき、源が咳ばらいをして立ち上がり、今川の体を引き起こすとその頭を力任せに叩いた。首がほとんど外れるような勢いでがくんと跳ねて、今川は片方の手で体を掴まれたまま不自由な体勢から逃れようと体を捩ったが、その腕はびくともしなかった。源は、愛華と綿野の方を向いて、言った。
「しんみりしてるとこ悪いけど、こいつどうすんねん。その本堂の兄貴かなんか知らんけど、また来よるぞ」
 綿野がニット帽を押さえながら、呟くように言った。
「相手は被害者の子供らやぞ。複雑やねん」
「そら、かわいそうか知らんけど。そいつらは、こんなチビにうろちょろさせとるんやろ? おれらと何がちゃうねん」
 源は、今川の頭を掴んだまま言った。綿野が、源の頭の中を共有するようにうなずき、愛華に言った。
「チャーシュー用意しよか。花梨ちゃん楽しみにしとるで」
 愛華はうなずき、自分のスマートフォンから果歩の情報が見られるように設定すると、まだ説明書きを読んでいる綿野の手からチャーシューの箱を取り上げて電子レンジに放り込み、スイッチをぐるりと回してから言った。
「温めるだけやんな?」
作品名:Straight ahead 作家名:オオサカタロウ