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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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創世の轍

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「そこでじゃ、お前、今日より忽然の主となるのじゃ。」
と、豊前は言う。再び、
「はっ?」
と、問い返す佐太郎を置いて、
「では、そのように計らえ。」
と言うや、さっさと部屋を出て行った。
 佐太郎は、主の居なくなった上座に頭を下げた後、静かに部屋を出た。そして、豊前が起居している館の庭で待つ大井小弥太を呼んだ。小弥太は、今、佐太郎付きとして遠藤家に雇われている。小弥太が佐太郎の元へ現れると、佐太郎は、何も言わず大手門への道を先に立って進み始めた。
「何の御用でしたか。」
と、後ろから小弥太が問う。
「齢を問われた。」
と、応える佐太郎。
「相変わらず、口数が少のう御座いますな。」
「殿が、か?」
「いいや・・まあ、大殿(豊前)も似たようなものですが・・」
「わしのことか?」
「まあ、そういうことで・・」
「構わぬ。」
「下で働く者は、大いに構いまするが・・」
「じゃがな、今日は、本当に齢を問われただけじゃ。」
「左様で・・」
「左様じゃ。」
などと、話しながら大手門に着く。そこで佐太郎は、
「権六は・・?」
と静かに言う。
門衛の長が、権六を連れて現れると、佐太郎は、
「殿のお申し付けに依り、今日から権六をわしの配下と致しまする。」
というと、門衛の長は、
「そのような御沙汰、わしは承っておらぬ。」
と、気色ばむ。
「であるからこそ、此処で申しております。権六、付いて参れ。」
と言いながら、佐太郎は、大手門を後にする。権六は、長にぺこりと頭を下げるやスタスタと佐太郎に従い歩く。
ごく自然に毎日繰り返されるかのような佐太郎と権六の動きを、立ち尽くして眺めるだけの長だったが、彼らの姿が見えなくなると、佐太郎の人を食ったような言動が急に腹立たしくなった。長は、昵懇にしている旗奉行にそのことを告げた。
「殿のお沙汰が届く前に・・」
と、言を荒げる長を暫し待たせて、旗奉行は佐太郎の父である用人、遠藤佐之助に抗議する。
「何と! 暫し待っておれ。」
と、佐之助が走る。
「殿・・殿っ!」
「何じゃ、佐之助。」
と、鷹揚に問う豊前に、斯く斯く云々と訳を話した後、
「それは、実でありまするか。」
と、声を高く聞く。
「あぁ・・」
と、是とも否とも判別出来ない豊前の返事に苛立つ左之助。
 それを見て、豊前は笑いながら、
「実じゃ。」
と、短く応えた。そして、左之助がまたガミガミと城内の手続きに付いての決まり事を言い出す前に、
「佐太郎に数人の配下を与えることに致した。配下の指名は、佐太郎次第。」
と、また短く言いスタスタと部屋を出た。そして、
「佐太郎め・・」
と、彼を慈しむような優しい目で一人呟いた。

 佐太郎は、彼の館に帰るまで無言だった。
 そして、自室に座って、それまで彼に付き従っていた小弥太と権六に向かって口を開いた。小弥太は、その年で二十四歳、そして、権六は、佐太郎と同じ二十一歳で、三人は身分の違いこそあれ幼い頃から共に野山を駆け回ってきた仲である。
 その小弥太と権六に、
「殿より申し付けがあった。菖蒲ヶ淵の忽然様をわしの配下にせよとの内命じゃ。」
と、簡潔に伝えた。
 二人は佐太郎の言葉に驚き、顔を見合わせた。が、すぐに佐太郎に向き直り、
「それは、些かの驚きですが、内命というのは、一体どのような仔細が・・?」
と、小弥太が問う。
「仔細は、分からん。が、内命であるのは、確かじゃ。従って、我ら三人以外に他言無用。」
と、佐太郎。
「仔細も分からぬのに、何故権六まで配下になされた。」
と、既に佐太郎付きと主に命じられている小弥太が更に問うと、その小弥太に続いて、
「まったくじゃ。その内命に、わしまで配下とするように殿からお言葉があったのか。」
と、権六も問うが、
「そのようなお言葉などない。だが、権六も明日から俺の元に出仕すればよい。」
と、相変わらず佐太郎は、
「まあ、酒でも飲め。そのうちに、親父様の濁声が響いて来るであろう。」
と、文机の裏から徳利と湯飲み茶椀を取り出した。 
 昼間から飲めるのであれば、
「子細などまあ良いか。」
と、小弥太と権蔵は飲み始める。その二人を眺めながら佐太郎は、豊前の心の内を探る。
 佐太郎は、二十一歳になるが、今もって無役である。以前、彼の剣の師匠である春川一平が剣術指南役に推挙したこともあった。しかし、それは、豊前の用人という重職にある左之助が、他の家臣との勢力の均衡を考慮して断ったという経緯がある。
それ以後も、無役の佐太郎を不憫に思う家臣達が、彼の出仕を図ったが、悉く左之助に依って排除された。そして、何よりも豊前が、
『そのうちに、それなりの役を与えるであろう。』
と、言い続けていたことも大きい。
 佐太郎もそれを良いことに、自由気ままな日を送ってきた。だが、それは、佐太郎自身も気付かぬ間に、いつしか一つだけの事象で物事を見るのではなく、広く様々な要因を織り込みながら見る力を育んだとも言える。
 その彼が、豊前という主を眺める。
 豊前は、日頃より多くを語らない。それは、ひとつ判断を間違えば、たちまち国が滅びてしまう戦の場でも同様であった。

 五年余り前のこと。
破竹の勢いで勢力を拡大していた東国の雄、畠山玄信は、天下統一の野望を押さえ切れず京への進軍を開始した。その時、彼は、『行き掛けの駄賃じゃ。』と、道々隣国を平定しながら進軍を続け、豊前の治める領土へも攻撃の牙を剝いてきた。
 玄信の戦い方は、まず敵国に降伏を呼びかける。そして、敵国が大人しく降伏すれば、それまでの領土半分を統治させ、あくまで交戦を望めば完膚なきまで叩くというものであった。
 玄信は、豊前にも降伏を促す使者を送ってきた。主だった家臣と共に、使者の口上を聞いた豊前は、
「さて・・」
と、考え込む。それを見て使者は、
「三日のうちに返答なされよ。」
と迫ったが、豊前は、
「そこまでお待ち頂くこともない。」
という。そして、続けて、
「ご使者の方々に酒を・・」
と、大きな椀に並々と注いだ酒を運ばせて、
「毒も薬も入っておらぬ故、お飲み下され。一気に飲まれるも良し。またゆるゆるとでも良し。方々が飲み干された折にご返答申し上げる。」
と静かに言った。
 数人の使者全員が、酒を飲み干し、
「さあ、返答は如何に。」
という前に、豊前は、
「では、この後、使者の方々とは戦場にてお会い致しましょう。尚、玄信殿にお伝え下され。この豊前が勝利致しましても、玄信殿の領土は安泰と致す所存、と。」
というと、すぐに立ち上がり部屋を後にした。
 その場に居合わせた豊前の家臣と玄信の使者達は、唖然として言葉が出なかった。その場に居合わせた者すべてが、豊前は降伏すると思っていたからである。
 豊前の返事を聞いた玄信は、
「若造めが、まさか気でも触れたか。我が三万の軍に対して、精々千五百の兵しか持たぬのに・・」
と、笑った。
しかし、玄信の笑いは、目の前に控える家臣に対して自分を大きく見せる為のもので、その実、小国の若造に馬鹿にされたと腸は煮えくり返っていた。
 一方、豊前は、玄信の使者が帰った後すぐに軍議を開いた。が、それは、軍議というより豊前の一方的な短い指示だったという方が正しい。
作品名:創世の轍 作家名:荏田みつぎ