小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集99(過去作品)

INDEX|1ページ/21ページ|

次のページ
 

ナンバーツー



                ナンバーツー


 何年ぶりだっただろうか。達男が熊本駅に降り立ったのは、実に久しぶりのことだった。駅裏に咲いていた桜が綺麗なのを漠然と見ながら特急電車に乗り込んだのを覚えている。あれから何度駅裏の桜が散ったのかを考えていた。
 駅舎も綺麗になっていて、ビックリさせられたが、相変わらずの路面電車のターミナルを見て、ホッとした気分にさせられた。到着時間は友達に話していたので、駅まで迎えにきてくれていた。
「久しぶりだな。高校時代以来だから、そろそろ十年になるんじゃないか」
「そうだな、皆元気にしているか?」
「ああ」
 と言って、友達は一瞬黙り込んでしまった。
――しまった――
 と思った達男だったが、少し遅かった。わざわざ達男が高校時代以来、故郷である熊本に帰ってきたのは、恩師である相良先生の訃報を聞かされたからだった。達男にとって相良先生は恩師と呼ぶにふさわしい人で、亡くなったと聞かされた時、何をおいても戻らなければと感じたほどだ。
「達男は東京にいるんだから、無理して戻ってくる必要もないんじゃないか」
「いや、他ならぬ相良先生が亡くなったとあっては、そうも言えない。ちょうど博多に出張なので、何とか都合をつけて熊本まで帰ることにするよ」
 博多までの出張というのは、年に何度かある。しかし、そこから熊本まで足を伸ばすことは今までになかった。熊本まで来ると、帰りが大変だからだ。
 熊本にも空港があって、そこから帰れることは帰れるのだが、どうしても郊外になるため、なかなか利用するのも大変だ。よほどのことがないと、熊本まで帰ることはない。最後に帰ってきたのは、三年前の正月で、その時は飛行機だった。
――やはり不便だな――
 その時に不便さを実感していた。それから敷居が高くなってしまったのである。
 達男の故郷は熊本市内から少し離れたところにあるが、学校は市内の真ん中に位置していた。いつもバスで通学していたが、通学も大変だった。高校時代だからできたことだろう。
 相良先生というのは、高校一年の頃の担任だった先生だ。歴史を専門にしていて、話も歴史の裏話をするのが好きで、よく歴史上の人物の話を引き合いに出して、いろいろな話をしてくれたものだ。中学時代まで嫌いだった歴史だが、高校になると好きになっていたのは相良先生のおかげに違いない。
「本当は受験に出るような勉強を教えなければいけないんだろうけど、すぐに忘れてしまうような内容を教えたくない」
 と言って、普通なら語呂合わせで暗記する年代も、先生は独自の面白おかしい授業をしてくれた。達男などは、その方が覚えやすかったが、他の生徒はどうだっただろう。賛否両論が教室内に渦巻いていたに違いない。
 そんな中で先生は面白い話をしてくれた。
「私のモットーはナンバーツーを目指すことだったんだ」
 普通であれば、ナンバーワンになりなさいという教えをするか、まったく意識させないかのどちらかだろうと思うが、ナンバーツーの考え方を教える先生というのもユニークである。他の生徒はともかく、達男は大いに興味を持って聞いたものだ。
「歴史上の人物で言えば、前田利家や、土方歳三など、その最たる例ではないかな? 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と三人の絶対的な君主に仕え、そのすべてでナンバーツーの座を維持してきた利家など、素晴らしいと先生は思うんだ」
 話を聞いていれば確かにその通りである。自分が一番になろうと考えればなれなくもないだろうが、なってしまえば下克上の世の中、出る杭は打たれるだろうし、何よりも自分がナンバーツーの器であることを思い知っていたのだろう。
「ナンバーワンにできなくてもナンバーツーであればできることというのは結構あるはずなんだ。だから、先生はナンバーツーという人生の楽しさに魅入られているといってもいいくらいだ」
 思わず頷いてしまっていた。
「土方歳三にしたってそうだ。ご存知、新撰組の副長として有名な彼だけど、ナンバーツーの器だということをいち早く見切って、その中でできることを必死に模索している。だからこそ、あれだけの最強軍団を作り上げることができたんだ。歴史的に不幸な時代だったのかも知れないが、私は彼の人生は、自分にできることをやりきった、潔い人生だったと思うんだ」
 きっといろいろな意見もあるだろう。だが、先生の意見を聞いていてまるで自分が歴史の舞台に登場している二人を実際に見ているような錯覚に陥るくらいなので、知らず知らずにナンバーツーという考え方に傾倒していっていたに違いない。
 高校時代の達男は、野球部に入っていた。中学時代には県大会でいいところに毎年顔を出している名門と呼ばれる学校で、エースをしていた。
 実際に県大会に優勝し、全国大会に出場したこともあった。高校へも野球の実力を買われての入学であった。
 勉強はそこそこでもよかったが、それだけ期待されているのが分かっていた。高校は野球に関して名門というわけではなく、達男ほどの実力でも、部ではトップクラスの特等生である。
 有頂天になるなという方が無理であった。まだ十歳代半ばの少年が、実力を買われているのである。中学時代から注目されていることは分かっていたので、それなりの自信もあった。元々自信家だと思っていた達男は、
――これくらいの実力なんだから、それなりの評価をしてもらって当然だ――
 と思っていた。それが高校での特等生扱いである。
 クラスメイトも、どこか見る目が違っていた。女性徒からは憧れの目で見られていることを意識し、中学時代と変わらぬ視線に緊張もなく、却ってパワーに変わると思っていた。それだけ自分に自信を持っていたのだ。
 自信過剰だと言われても仕方がないのだろうが、その頃の達男に何を言っても無駄だった。それだけ自分の中にしっかりとしたポリシーがあり、それが表に滲み出ていたからだろうか、誰も達男の考え方について物申す人はいなかった。
 高校一年生からエースとしての待遇、同じ部内の先輩の中には妬みを持っていた人もいるはずだ。特に三年生になれば自分がエースだと思っていた先輩などは、少なくとも面白くないはずである。
 もちろん、その時の達男にそんなことが理解できるはずはなかった。
――すべてが実力主義、俺はその実力を持っているんだから、それでいいんだ――
 と思っていた。実際にその時そこまで思っていたかどうか疑問であるが、後から思えば心境としては、違いないと思うのだった。きっと実際には、そんな考えなどなかったことだろう。後で考えると、顔が真っ赤になってくるのを感じていた。
 それは、自分の考え方の浅はかさにであるが、だが、その時の自分をどうしても責めることはできない。
――自分に自信を持つことの何がいけないんだ――
 という考え方は今も変わっておらず、その時にはそれだけの実力は確かにあったのだ。
「実力のあるものが試合にも出て、そして正当な評価を受ける」
 それは当たり前のことである。厳しいようだが、それがスポーツの世界というものだ。
 桜が散って、五月晴れの時期を通りすぎ、嫌な梅雨を越えると、灼熱の太陽が容赦なく降り注ぐ本格的な夏を迎えようとしていた。
作品名:短編集99(過去作品) 作家名:森本晃次