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自称2.5枚目の俺が一瞬だけ2枚目になった時のこと

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 俺が中途半端な気持ちでいる以上に羊は切羽詰まった気持ちでいたのだろう、どちらに転んだとしても、お互いの気持ちに踏ん切りをつける意味で悪い提案じゃない。
「それじゃ……でもこの近さじゃ鐘が鳴り始めたとたんに捕まっちゃう、あそこのベンチまで離れてくれる? 10時の鐘が鳴り始めた瞬間に鬼ごっこ開始よ」
「わかった」
 そう言って指定されたベンチまで行って振り返ると既に羊の姿はなかった、人ごみに紛れて消えたらしい。
(あいつ、本気だな……)
 俺は10時の鐘を聞きながらそう思った。

 構内は広いし人出も多い、普通の格好の羊ならば見つけるのは難しいだろう、だが何しろあのコスチュームだ、アニメ研のプラカードも持っているし、写真を撮らせて欲しいとか一緒に写りたいとか言う輩は少なくない、特に人が集まっているところを探せば見つけるのは簡単なはずだ。
 案の定、10分もかからずに見つけたのだが、よほど辺りに気を配っているのか、30mくらいまで近付くと羊は俺に気づいてさっと逃げてしまった。
 俺は羊よりずっと脚が速いつもりだし、追いつけば抱きとめることができるくらいの力もある、5mくらいまで忍び寄れれば捕まえることは簡単なはずだった……もっともトラ柄ビキニの娘に抱きついたら周囲からどんな目で見られるかわからないが……。
 それからは何度トライしても同じ、どれだけ気を付けて近づいても、背後から忍び寄っても羊は俺を察知してさっと逃げてしまう。
(何かカラクリがあるな)
 俺はそう思ったが腹は立たなかった、それだけ羊はこの鬼ごっこに勝ちたいと言うことなのだから。
 
 12時過ぎ、俺は模擬店のやきそばを買って、スタート地点となったベンチに腰掛けた。
 5~60m先に羊の姿が見えていた、思った通り羊は格好の被写体になっていた。
 その時は近所の子たちなのだろうか、小学生くらいの女の子5~6人に囲まれて代わる代わる写真を撮られていた。
(……いいな……)
 俺は素直にそう思った、今は10月、天気の良い日中と言ってもビキニでは寒いはずだ、それでも女の子たちに囲まれて楽しそうに笑っている。
(あいつ、こんなに可愛かったかな……)
 ふとそう思うと、これまでずっと見て来た羊の姿が次々と頭に浮かんで来る。
 砂場での羊……はさすがに記憶にないが、幼稚園で年長の男の子に突き飛ばされて泣いていた姿、俺が怒ってその子に突っかかって行き、返り討ちにされて泣いている顔を心配そうにのぞき込んでくる姿……。
 小学校の時『あたしは中ちゃんが一番だよ』と言ってくれた時、おちゃらけ男子の俺は軽く受け流していたけど、あの時の羊の眼は真剣だった……。
 中学の頃、サッカー部でレギュラーに慣れなかったのに毎試合見に来てくれていたのも気づいていた、チームメートの手前、試合後に声を掛けたり一緒に帰ったりしないことを見越していたのか、試合が終わると羊はそっと姿を消していたが……。
 志望高を決める頃、『中はどこ受けるの?』と聞いて来たけど、あれは同じ高校に行きたいってことだったんだろう……。
 それなのに高校では『告られた』とか『デートした』とか……『良かったじゃないと受け流してくれていたが、どんな気持ちで聞いていたのだろう。
 そして大学……第一志望の試験に『気が乗らなかった』と聞いた後も、朝のホームで高校時代からの定位置だった最後尾に羊が立っていたのは何度か見かけていた、俺は何となく気まずい気がして前の方へ移動してしまっていたが、羊は必ず最後尾に立っていた……いつでも俺を待っていてくれた羊を、俺は避けてしまっていたんだ……。
 ちょっと罪悪感のようなものを感じながらベンチを立ち、ジーンズの尻をはたくと、左の尻ポケットに何やら入っている。
 取り出してみると小型の発信機らしい……。
 カラクリはわかった、30mは電波が届く範囲なのだろう、試しに発信機の電源を切って後ろから近寄ってみると、10mまで寄っても羊に気づく気配はない。
 こうなればもういつでも捕まえられる……だが、今度は俺の方に勝つ気が薄れていた。
 勝てば晴れて自由の身、誰とでも付き合って良いんだと言う……でも本当に付き合いたいのは……。
 まあ、こんなカラクリを仕込んでいたのだから、羊には負けるつもりはなかったのだろうが。
 
(そろそろ冷えて来たな……)
 時計の針は3時55分を指していた、そして羊の姿は視線の先にある。
 日が陰って来るにつれて気温も下がって来た、もうビキニでは相当に寒いに違いない、視線の先の羊もカメラを向けられていない時は二の腕をさするようにしている。

(よし、行くか……)
 俺はベンチを立って羊に気づかれないように背後から近づいて行った。
 発信機の電源は気づいた時に既に切ってあるから羊は気づかない、午後いっぱい受信機は反応していないはずだからカラクリがバレた可能性は考えていただろうが、これだけ人が多い中で後ろから近づかれれば気づくのは難しい。

「羊」
「えっ!?」
 背後からいきなり声をかけると、羊は飛び上がらんばかりにビクッとした。
「捕まえた」
 俺は脱いだジャケットで羊の身体を包み込み、右手で角を掴んだ。
「あ~あ……捕まっちゃったかぁ……」
「発信機とは考えたな」
「やっぱり気づいてたんだ……」
「いつ俺のポケットに入れたんだ? 気づかなかったよ」
「友達に頼んだの」
「そうだったんだ……受信機はどこに?」
「ここよ」
 羊は胸の谷間から受信機を取り出して見せた。
「約束だからね、もう中はあたしのことなんか全然気にしないで良いよ、誰とでも付き合いたい娘と付き合って……」
「そうだな……誰と付き合っても良いんだったよな」
「うん」
「じゃあ、今、俺のジャケットに包まってる娘と付き合いたいな」
「え?」
「なんかさ、あんまり近すぎて俺は羊のことちゃんと見えてなかったみたいだ、今日やっとそれに気づいたよ」
「中……」
「鬼娘さん、俺と付き合ってくれない?」
「……いいよ……」
「電気ショックはなしで頼むな」
 俺はそう言うと正面を向かせた羊を抱きしめて唇を重ねて行った……。

 これでもう俺は羊から逃げられないな……何しろこれだけの人が見てる中でビキニ娘を抱きしめてキスしちゃったんだから、『こいつは俺のもんだ、恋人だ』と宣言したようなものだから……もっとも、逃げる気もないんだけどね。