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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Heads up

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 見た目の雰囲気から勝手に察していた言葉遣いはもっと喧嘩腰で険悪なものだったが、実際に口を開く高知は快活そのものだった。充は気圧されたように感じながら、言った。
「あまり、話すことなかったですよね。車のお仕事なんですか」
 隣を歩きながら、高知はうなずいた。
「まー、趣味は仕事にすんなってオヤジには言われたんすけど。同じ車好きの顔を見てるのが好きなんすよね」
 充は何度かうなずきながら、苦笑いを浮かべた。最小限のスイッチで最大限話すタイプ。
「町田さんは、企業戦士的なやつっすか?」
「まあ戦士ってほどでは。サラリーマンです」
 充は等間隔で道路を照らす街灯を見つめながら言い、高知の足に合わせてゆっくりと歩き続けた。高知が突然顔を宙に向けると、息を吐き出すのと同時に言った。
「ファミリーっすよね? なんで、ハイツ大正にしたんすか? あっこ、心霊物件で有名っすよ」
「普通に不動産屋の紹介でした。でも、そんな噂があるんですね。高知さんはどうして選んだんですか?」
「ヨメがそーゆーの好きで。アイツが選んだ物件なんです。なんか結界みたいなん作るって、張り切ってんすけど。洗剤をあちこち撒くなつっても聞かないんすよ」
 電池が切れかけた人形のように生気がない、高知の妻。洗剤と割り箸は『結界』なんだろうか。充は、若いころによく見ていた心霊系の番組のことを思い出し、普段なら絶対に接することのないタイプである高知に、少し関心を持ち始めている自分に気づいた。
「心霊系も、奥が深いですよ。うちの家内はもっぱら、カメラですね。いずれ何か写るかも」
「そうなんすか。ヨメ喜ぶと思うんで、撮れたら見せてくださいね」
 高知が言い、充は笑った。夫同士は打ち解けた。はるかといずみが話すところは想像がつかなかったが、もう家は見えていて、考える時間はなかった。充は初めて高知の方を見ると、言った。
「心霊系って話。もしかしたら当たりかもしれませんね。うちの娘もね、押し入れを怖がるんですよ」
 高知が足を止め、視界から消えたことに気づいた充は慌てて足を止めた。高知は驚いた表情を浮かべたまま、言った。
「ヨメも、押し入れの周りに結界作ってます」
「何か、あるんですかね。僕は霊とか全く信じないんですが」
 充は振り返って、高知の反応を待った。高知は忘れていたように再び歩き出すと、充の隣に並んで言った。
「ガチかもしんねーっすね。でも、壁が薄くて色々聞こえやすいのはマジだと思います。部屋が多分、てっぺんつーか、屋根裏で繋がってんすよ。だからウチと町田さんの間って、コンクリの壁がないと思います」
「それはなんとなく、分かりました」
 充が言うと、高知は困ったように頭を下げた。
「すんません、ヨメはああ見えて結構頑固で。こないだ、割ってない箸に洗剤ついてて、おえってなったんすよね」
「いやいや、そういう意味じゃないですよ」
「明日の夜、ちょっと人呼ぶかもしれないんすけど。静かにしますんで」
 そう言うと、高知はしきりに頭を下げた。ほどなくしてハイツ大正に着き、充は建物を見上げた。心霊物件という前知識を得て見上げると、確かに不気味に見える。昼は戸川がいるから明るく見えるというのもあるだろう。
「管理人さん、いい人ですよね」
 充が言うと、高知は階段を上がりきって、二〇二号室のドアを開けながら言った。
「そっすねー。でもあの人、なんかで夜に鬼電したことあるんすけど、全然出ないんすよ」
 二〇一号室に入り、居間から顔を出したはるかが、言った。
「誰かと話してた?」
「高知さんと帰り道、一緒になってさ。家の中では知らないけど、いい人だったわ」
 充は笑顔で言うと、上着を脱いだ。心霊のくだりは、伏せておいたほうがいい。会話の熱気は残り続けていたが、直感がそう伝えていた。

 部屋がひとつしかなかった。それが悪かったのだ。そう言い聞かせようとしても、頭の中はがんがんと鳴り続け、逃げ場としては機能しそうにもなかった。時計は夜の十時を過ぎたばかり。後戻りできない万力が少しずつ締まっていくような、秒針の音。手が震え、押し入れの中に一旦入り込んだ女は、そこにも居場所がないことに気づいた。周りの音が静かになると同時に、今度は自分の心臓の音が秒針よりもはるかに容赦なく、時間を刻み始める。どうにかしないといけない。時間だけが過ぎていく。女は押し入れから出ると、よろめきながら台所へと歩いていった。水道を出しっぱなしにして、手をかざしながら考える。明日までにこれをどうにかしないといけない。
 親戚がやってくる。時折ふらりといなくなる夫の住処を観察して、妻には手厳しい意見を次々と刺していく。毎年やってくるあの忌まわしい日が、よりによって明日なのだ。親戚に言いたいことは、ただひとつ。女は血まみれの手を開きながら、呟いた。
「もう……、どこにもいきませんよ」
 大の字に横たわる男の首は、骨のほとんどが断裂した状態で、裂傷の隙間から舌の付け根が見えるぐらいになっていた。その中途半端な死にざまを見ながら、思った。なんでも途中でやめてしまう。似た者同士の夫婦は、何をしても続かなかった。大きく見開かれて飛び出したようになった目を見ていた女は、その顔に若かったころの姿を重ねた。そして思い出した。その顏を見ているのが好きだったのだと。交際している間は、それでよかったのだ。横顔を見ていればよかった。
「どこにも行かないでほしい……」
 女はそう呼びかけると、男の隣に腰を下ろした。『凶器』である包丁は畳の上に突き刺さっている。その刃がいびつに光を跳ね返し、女の目の前をちらついた。こんな死に方では、報われない。せめてやりかけた仕事は、最後まで。棚から洗剤を取り出して傍らに置いた女は、ひとりの女に戻った後の人生について、その後に思いを馳せた。ようやく包丁を畳から抜くと、男の首を完全に切り離した。
 後の部分は捨ててしまおう。欲しいのは頭だけだ。いつでも見られるように、でも、誰にも見られないように。そう考えながら女は押し入れの中に首を突っ込むと、屋根裏に繋がる点検口を見上げた。
      
 久々の出社。昨晩、家を離れても寂しくならないように亜衣が描いた絵をひたすら写真に収めて、スマートフォンに入れた。在宅勤務のときも亜衣は幼稚園にいるのだから、昼はひとりで過ごしている。それでも家の中じゃないというだけで、空気は途端によそよそしくなった。どうにか空気をかき分けて居場所を確保し、一日を乗り切ったはるかは、定時のチャイムが鳴るのと同時に息をついた。隣に座る原井がチョコレートの包みにやんわり触れながら、食べてあと数時間頑張るか、切り上げるか迷っている。在宅勤務になる前は普通だった光景。
「お先に」
 はるかが言うと、原井はチョコレートを引き出しの中にしまい込み、言った。
「おつかれさまでした」
作品名:Heads up 作家名:オオサカタロウ