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短編集98(過去作品)

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四人の女



                四人の女


 最近自分がついているのか、うまく行くことが多い。今までが何をやってもうまく行かず、
――今が人生で一番のどん底なのかも知れない――
 と、小松四郎はずっと考えていた。
 だから見るのは上ばかりだった。上ばかりを見ているくせになかなか這い上がることのできないでいる自分を見ていると、足元が見えているようで、
――歩いているのはガラス張り、さらに下があるのに、暗くて見えない――
 というような、そんな世界を思い浮かべてしまう。
 だが、それを感じた次の日に、今までいくらがんばってもできなかった彼女ができた。
――諦めかけていたのに――
 できる時はそんなものかも知れない。
「できる時はできるし、できない時はできないものさ」
 まさに潔い考え方だが、四郎にとって、簡単なものではない。尊敬に値する考えだと思うから友達でいるが、そこまで潔い考えは、自分にできるものではない。
 四郎は、自分が飽きっぽい性格であることは自覚している。そして、すぐに諦めてしまう性格であることも、自分にとってネガティブなところだと思っている。
 諦めが四郎を楽にしているのだが、上に向こうとする気持ちもすぐに諦めに変えてしまうところがある。
 諦めと、飽きっぽい性格は、どこか繋がっているのかも知れない。
 すぐに諦めてしまうということは、興味のあることでも、自分にとって不要であると糧に線を引いてしまっている。自分の中でバリアを張ってしまうのだが、時には
――自分から見えないだけで、相手からは見えているのではないか――
 と感じることもあるくらいだ。
 彼女ができたその日、四郎は最高の気分を味わった。
――懐かしさを感じるが、こんな気分は何年ぶりだろう――
 今までに彼女がいたことはなかったはずなのに、懐かしさを感じるのは、彼女ができた時の思いを、以前にも感じていたのだろうか?
 それとも、過去に感じた思いに限りなく近いものが、彼女を得た快感によみがえらせたのだろうか?
 四郎には前者のように思えてならない。
 女性に興味を持つのが遅かった四郎だが、女性に興味を持つようになって、まるで自分の人生がそこから変わってしまったのではないかと感じていた。その思いは、それから今までに一度も感じたことはない。後にも先にもその時だけだった。
 女性に興味のなかった頃を、最近よく思い出している。それは夢に見るからだった。
 女性に興味のなかった頃という夢の見方ではない。あくまでも、子供の頃の夢を見ているというだけなのだ。
 友達と遊んでいて、疲れているはずなのに、疲れを感じない。足の裏に痺れを感じるのに、痛みを感じているわけではない。実に夢というのは不可解なもので、それでも、
――きっと自分の思っていることを見ているだけなんだ――
 と感じるに十分だった。
「それは潜在意識というものさ」
 夢について話をするのが好きな友達と話をしていて、よく彼の口から出てくるのが、潜在意識という言葉だった。
「突き詰めれば、夢って潜在意識の源のようなものなんだと思うよ」
 彼の言葉にはそれなりの説得力があるが、あとから考えてみれば、すべて四郎にも分かっていたことのように思えてくるから不思議だった。それが会話の魔力というものに違いない。
 子供の頃の夢に疲れを感じないのは、実際に疲れていなかったからかも知れない。感じていたのは疲れではなく、だるさだったのではないだろうか。疲れとだるさ、どこかどう違うのかハッキリとした違いは分からないが、疲れの方が、精神的なものを含んでいるように思えてならない。
「子供って無邪気だからな」
 疲れることを考えず、ただ遊んでいるのが楽しかった時期、本当の疲れを知らない子供時代、もう一度味わいたいと思っても味わうことのできないそんな思い、それらすべてが夢となって現れる感情を担っているのだろう。
 子供の頃の時間というのは、なかなか経ってくれなかった。早く大人になりたいという思いがあり、時間が経ってくれないことに苛立ちを覚えていたものだが、そのくせ、終わってしまった一日を思い出すとあっという間だったことも少なくない。小さい頃から時間というものに神秘性を感じている少年だった。
 彼女というのが、どれほど自分にとっていいものかということは漠然としてしか分からなかった。友達に彼女ができると羨ましく思えるのがどうしてなのか分からない。
 ただのないものねだりなだけなのかとも思っていたが、それだけではない。知らない人が女性と一緒に歩いていてもそれほど感じないのに、友達が女性と一緒に歩いている姿など見てしまえば、もういけない。
 それまで感じなかった胸の鼓動を感じたかと思うと、次第に脈うちが早くなるのを感じてくる。息苦しさは額から汗を吹き出させ、顔を真っ赤に染めていく。鏡を見たわけでもないのに顔が真っ赤に染まっていくのが手に取るように分かるのだ。
――どうしてなんだろう――
 彼女がいないということが自分を追い詰めるものだと思っているから、自分にとってどういういいものなのかなど分かるはずもない。それが何となくであるが、分かるようになってきたのが、
「癒し」
 という言葉を耳にするようになってからだった。
「癒し」という言葉がいつ頃から使われ始めたのかなど分からない。気がつけば世の中に「癒し」という言葉が氾濫していて、「癒し」という言葉を使った商売が乱立している。――癒されたいな――
 と思うのは普段から無理して生活をしている連中にだけ言えるものだと思っていたが、そうでもない。生活自体に「癒し」が必要なのだ。
「人は一人では生きていけない」
 どこかの唄の文句ではないが、誰かがいることで「癒し」に繋がるのであれば、
――彼女がほしい――
 という感情も「癒し」を欲するが故である。何となく分かってきた。
 彼女というものを闇雲に求めていた。女性というもの自体が、同じ人間であっても、神秘に包まれている。
「恥じらいを感じている女性を見ているだけでたまらない気分になるんだ」
 と話していた友達は、彼女のいない寂しさをアダルトビデオで癒していた。アダルトビデオが悪いというわけではないが、傍から見ていると実に不健康に感じられる。
「ストレスを溜めるよりも、よっぽどいいさ」
 という話も言い訳がましく聞こえてくる。
――自分は女性にもてるのではないか――
 という錯覚に陥っていたのに気付いた四郎は、それがそのまま彼女ができないことへのストレスに繋がっていた。だがその反面、
――やはりもてるわけがないよな――
 と思っている自分がいるのも事実で、むしろこちらの方がいつも感じていることであった。
 彼女ができると、他の女性への見方も変わってくる。
 それまでは複雑な心境の中、女性が自分をある種の偏見で見ているように思っていた。――もてると思っているのにもてないのは、女性が偏見を持った目で見ているからだ――
 などと、一種ナルシズム的な考え方になってみたり、被害妄想になってしまったりで、彼女ができることで少しは変わるものだと思っていた。
作品名:短編集98(過去作品) 作家名:森本晃次