半睡半醒の微睡
5.悪夢
はい。仕事ですか? 僕はペットショップの店長をやっています、まあ、雇われの身ですけどね。
ええ。何かペットショップのちょっと変わった話はないかって? そうですね……。ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、一つ、お話をしてみましょうか。
ペットショップの仕事なんてものをやっていますと、ごくごくまれに珍しい子に出くわすことがあります。つい先日、そんなめったにいない風変わりな子がうちの店に新たに入ってきたんです。
そいつは、大型犬ぐらいのなりをした、艶のある真っ黒い毛に全身びっしり覆われた馬のようないでたちで、うんともすんとも鳴きません。しかし、そんな凶暴そうな見た目に反して特に暴れ回るというわけでもなく、柵の中に入って大人しくたたずんでいました。
話を聞く限り、そいつは何の変哲もない黒毛のポニーなんじゃないかって? いえいえ、そうじゃないんです。実はこの子、ナイトメアと呼ばれている夢魔なんです。恐ろしい悪魔の一味なんですよ。
ナイトメア。私も実はそれほど詳しく知らないのですが、どうやら悪夢の象徴みたいな存在のようです。で、さっきも言ったように悪魔の一味なんですが、そのせいもあってか、普段、世話をするのがちょっとだけ大変なんです。
まず、普通の馬が食べるようなものは一切受け付けていません。飼料も人参も基本的に食べてはくれないんです。馬のような姿形はしていても、馬ではなくて悪魔ですからね。まあ、よくよく考えてみれば食べることはありませんよね。
じゃあ何を食べるかって? それがですね、悪夢を見てうなされる人が大好物なんです。眠っている人が悪夢を見てうんうんうなってるのを見るのが、大好きなんですよ。だからもう大変です。なるべく怖がりな添い寝してくれる人を用意しなきゃいけないし、でも、変なうわさを立てられたらペットショップの経営に関わるし。まあ、悪夢それ自体はナイトメアが見せてくれるので、そういう意味ではスタッフさえ納得してくれれば大丈夫なんですけれども。でも、やっぱり怖がりな子が無理して頑張っちゃって、日に日にやつれていくのを見ると、ちょっといたたまれないなあと感じますね。
でも、それ以外はそんなに普通の馬と変わらないですね。ブラッシングをして、定期的に運動もさせてあげて。そういう意味では、食事の世話が一日一回、悪夢を見せるという作業だけで済む分、時間的には楽かもしれません。まあ、悪夢を見せられるスタッフは、そんなこと、とてもじゃないけど言えないでしょうけども。
え、悪夢を見る以外になんか呪われたりとか、災いが降り掛かったりしないのかって? そういう話は聞きませんね。知り合いに5、6匹、ナイトメアを引き受けた店長さんがいますが、特にそんな話は聞きませんでした。多分、知名度の割にそれほど能力の高い悪魔ではないんだと思いますよ。
で、そんな面倒くさい生き物を実際に飼うやつがいるのかって? これが、意外といるんですよ。数が少ないから、取引するとなるとものすごい金額になることは確実なんですが、それでもぜひ飼いたいっていう熱狂的な人が、かなりの数、存在しているんです。
具体的に言うと、よくテレビに出てるあの人や、同じくよくテレビに出ているあのお坊さん、動画配信で有名なあの人や、新進気鋭の作家のあの人とか。この4人はたしか飼ってたはずですね。あ、気付きましたか。そうなんです。今、挙げた4人、実はある共通点があるんですよ。
そう。4人とも怪談話や怖い話、ホラー話をなりわいにしている人なんです。最初の3人は話す、最後の作家さんは書く、という違いこそありますけどね。これが何を意味するかは、もうお分かりだと思います。彼らはこのナイトメアが見せてくれる悪夢を、寝起きに逐一書きとめているのです。なんせ、悪夢の象徴とも言われる夢魔ですから。その夢魔が見せる悪夢は当然、悪魔的なレベルの怖い悪夢なわけです。そんなハイレベルの恐ろしい話をしていかないと、今や、ああいった仕事は成り立たないようですね。
ええ。もちろん彼らはナイトメアの存在を公にはできませんから、どこそこで体験した話、なんて改変を加えているでしょう。でも実際、そうやって話されたり書かれたりした話は、ナイトメアの頑張りのおかげだったりするんですよ。
しかしですね。最近うわさに聞くんですが、こういった飼い主に引き取られていったナイトメアは、早々にナイトメア稼業を引退してしまうことが多いそうです。はい。その理由は、飼い主があまりにも過激で恐ろしい悪夢をひっきりなしに求めてくるので、ナイトメア側のほうが恐ろしい悪夢の供給に追いつかなくってしまい、もう悪夢を見せられなくなってしまって引退しますっていうパターンが多いらしいんです。
そうですよね。これじゃあ、どちらが悪夢を見ているのかよく分かりません。ですから、今回、やってきた子はせめて大切にしてくれる人のところに飼われていってほしいなあと思います。