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呪縛の緊急避難

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 だが、真美がまさか、姉と同じ相手に騙されるとは、それを知った時、あいりの中で何かが壊れた気がした。
 しかし、あいりのそんな機械的な意識を悪い意味で担っていた川本晋三が死んでしまった。あいりには、その瞬間が分かった気がした。自分の中でハッキリと何かが止まった気がしたからだ。
「晋三の心臓が止まった」
 とまるでダジャレのようだが、実際にやつの心臓が止まったことで、それまでの自分の役目が一つ終わった気がした。
 だが、本来なら戻るはずの記憶が戻ってこない。そこにあいりは初めて焦りのようなものを感じた。
 あいりは、それまでの自分を機械的な人間だと思っていたが、そのことに違和感はなかった。
――これが自分の生き方だ――
 と思っていたので、
「晋三の心臓」
 が止まったのだから、別の人生が開けるはずだった。
 あいりの中でまだ開けるだけのきっかけがない。
――あの時の外人がどうにかならないとダメなのかな?
 とも感じていたが、どうやら本当はあいりの中にこそ真実が隠されているようだった。
「真実とは何か?」
 そんなもの、今のあいりに分かるはずがない。
 あいりが何かからかいほうされるには、真美がそのカギを握っているように思えてきた。
 すでに、姉や真美を騙して人生を狂わせた男はこの世にいない。もっともそのことをあいりは何となく分かってはいるが、実際に知っているわけではない。何かの呪縛を解き放つには、それなりの力が必要とする。
 呪縛に入るまでの力よりもさらに強い力、それは緊急避難の際に、躊躇することなく相手を抹殺できるような、非常な精神のようなもの。
 だが、あいりは戸惑っている。ボートの中にいる、傷ついて寝込んでしまった真美と、なんとか自分だけは助かろうとする、晋三。そして何を考えているかまったく分からず、言葉の壁を言い訳にして虎視眈々と自分だけが助かろうと狙っている外人。その中にあいりもいるのだ。
「一体最初に抹殺すべきは誰なのだろう?」
 普通に考えれば、外人であろう。
 少なくともあいりは直接その男から被害に遭っている。
 しかもそいつは、自分が助かることだけを目的とせず。最終的に自分だけが助かることを目指すだろう。そうしないと、自分の悪事が誰から洩れるのかも分からず、安心できないからだ。
 しょせんは外人であり、他の三人とは利害関係は存在しない。だから血も涙もなく相手を抹殺できる。まずは最初に排除すべきは、この男であろう。
 だが、実際には晋三が先に死んでしまった。
 真美もこのままではどうなるか分からない。あいりとすれば、どんなことをしてでもこの外人を抹殺することを必要とする。
「やらなければやられてしまう」
 つまりは、緊急避難だけではなく、正当防衛の状況も出来上がることだろう。
 実際にどうなるかなど分からない。しかし、一つ言えることは、
「最後に生き残るのは、この私だ」
 と思うことであった。
 もし。それまでに真美の記憶が戻ってしまうとどうなるだろう?
 そう、真美の記憶。
「それは、あいりが晋三のことを真美に告げ、真美がそれを信用し、自殺を図るようにせしめた」
 ということである。
 なぜ、あいりがそんな行動に出たのかは分からない。あいりが真美に対して、すでに緊急避難の中で抹殺すべき相手だと感じたからなのかも知れない。
 だから、あいりにとって真美は死んでくれなければいけない相手、しかも、それは外人に対しての恐怖が冷めやらぬうちに秘密裏にしなければいけないこと。
 だが、あいりは自分の手を汚すことはできない。記憶を失っている今だからこそ、不安定な精神状態を最大限に煽ることができる。自分が感じている外人への不安と恐怖を真美に植え付けることができれば、自分の勝ちだと思っている。
 どうしても、あいりは外人を見つけることができなかった。しかし、真美にはその外人が見えていた。
 記憶喪失の間に、見舞いに来てくれるあいり、その向こう側には、得体の知れない外人男性の姿が、呪縛霊のように見えているのだった……。

                  (  完  )



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作品名:呪縛の緊急避難 作家名:森本晃次