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空と海の道の上より Ⅸ

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九時、鬱蒼としたところから日の当たる少し畑のあるところに出る。大倉バス停。飴色のセロファンで作ったようなきれいなトンボを時々見かける。
 九時二十分、砕石工場の横に出る。ここから広い道になるがダンプカーが多い。日開谷川、白水橋を渡る。
十時二十分、前方に町が見えてくる。切幡が近くなるにつれて、二日目に荷物を送り返そうと思った時に言われた、
「楽をしようと思うな」
の言葉が思い出され、楽しい日や嬉しく心弾む日はいっぱいあったけれど、楽な日は一日もなかったなと思う。

 十時四十分、スーパーでお茶、パン、ゼリーを買い、店の前で食べながら休憩。店のおばさんがコンテナを出して、座るところを作ってくれる。
大窪寺で、切幡は山の向こうと言われていたので、ひと山越えるつもりだったがずっと下りばかりの道で、長かったけれど思ったより楽だった。
 十一時、上喜来橋を渡り遍路道に。切幡に近づくにつれ、いろんな思いが湧いてきて、涙が溢れる。
結願寺とはいえ大窪寺ではまだ終わりとは思えず、ここで初めて円がつながるような気がして感慨が深い。のんびりした田舎道を歩く。農家の人があちこちで働いている。
十一時半、切幡寺の下到着。二日目に泊まった民宿の、手前のうどん屋さんでうどんを食べ、荷物を預けてお参りに。
 六時過ぎに着き、何も知らないのでリュックを背負い急いで駆け上がったこととか、余り遠いので途中に荷物を置き、お寺に着いてお水を何杯も飲み顔を洗ってお参りし、真暗になって降りてきたこととか、色々なことが鮮やかに思い出され何とも言葉にできない。歩きながら泊めて頂いた部屋を眺める。今日はゆっくりとお参りが出来た。

 十二時五十分、下の店を出る。荷物を取りに行くと、上でお参りしていたバイクの人が、朝一番寺を出て今日中に日和佐まで行くと話している。私は田舎道をのんびりと歩く。
この辺もたばこ畑が多い。前は全然目に入っていなかった。あの時は下を向いて必死に歩いていたように思う。今日はゆっくり楽しみながら歩く。

 一時、ここから土成町。逆打ちなので分かりにくく、尋ねた方に八朔を頂き、立ち話。十数年前会った若いお遍路さんのことを話され、今でも忘れられないと言われる。
二時、ようやく到着。お寺はよく憶えているのに道順に苦労して、少し遠回りをして、前に通った道と違うところから九番法輪寺へ。
 お参りを済ませ、茶店のおばさんにお茶、コーヒー、お饅頭を頂く。若い禅僧も来られ、一緒にお茶を呼ばれる。亀岡のお寺の修業僧とのことで、兄弟子四人がお四国参りをされたことがあり、彼の言葉によれば、自分はまだ修業が短いけれど、師匠を拝み倒し許しを貰っての托鉢遍路とのこと。私も少しお接待をさせて頂く。目の澄んだ爽やかなお坊さんで、今から出発される方を見ると何とも言えない気持ち。羨ましくもある。

茶店のおばさんがここに立ち寄る色々なお遍路さんの話をしてくれる。今日も、まったく目の見えないお遍路さんが、お杖だけを頼りに、歩いて一人でお参りするのに朝ここを出たと話してくれる。
 ゆっくりさせて頂き、二時五十五分出発。今度はだいぶ憶えている道を八番、熊谷寺へ。畑の中の道で、麦を刈ったり焼いたりしている。たばこの花も咲いている。本当に、前は景色など何も見ていなかったのだなと思う。畑の中から広い道に出て、三時半着。
 ここは拝んでいる時、大阪から来たお遍路さんに千円持たせて頂いたところ。今日は心が開かれた感じで、ゆっくりした気持ちで歩いている。前は、駐車場の所で熱いお茶のお接待を頂いたが、今日は冷たいのに変わっている。おいしくて二杯頂く。

 四時七分、八番から七番へ。寺を出たこの辺はよく憶えていて、左の山や右の町も眺めながら歩ける。道路標識の上板、市場、鴨島の地名が懐かしく感じられる。前にイチゴを売っていたところが、今はテントだけ。
信号の所から憶えていず、四時四十五分、御所大橋を渡っていて思い出す。はっきり憶えているところ、通って思い出すところ、全然憶えていないところがある。でもお寺はどこもよく憶えている。
 五時、十楽寺着。納経所で次を尋ねると、お納経をたくさん持った二人連れの男の人に乗せてあげると言われる。お断りすると、歩き遍路は何とかと一人の人が嫌味を言う。でも、今の私にはそんなことはちっとも気にならない。

 安楽寺に行く途中、塚があり、ふと八つ塚のことを思い出す。六時前にお寺に着き、お参りを済ませ宿坊に。ここは最初の日に泊まる予定にしていたところ。もっと早く着くつもりだったが、あちこちでのんびりしたので遅くなる。玄関に入ると角さんが立っていてびっくり。そして嬉しくなる。
 すぐに食事をとのことで、話はあとの楽しみに食事を頂く。食事の後、お勤めとお話、お風呂に洗濯、皆に電話と忙しく、やっと九時半過ぎ角さんと話す。地図を見ながらお互いの今までのことを十一時過ぎまで楽しく話す。
 角さんは一番迄行って、明日逆打ちするつもりだったとのこと。そうすればどこかで会えるかも知れないと思っていたが、ここがユースになっていたので泊まることにした。下駄箱に有本様と書いていたので、もしやと思っていたと話してくれる。明日は一緒にお参りすることになる。大窪寺迄はどこかで会えるかなと思っていたが、今日はもう一度会いたいと思いつつ諦めていたので、最後の日に一緒にお参りできてとても嬉しい。

 宗弘ちゃんに手紙を貰ったお蔭で、一番から港までも歩く気になり、ここまで来ても気の緩みがなく有難く思っています。一番から電車で帰ったり、大窪寺から直接乗物で帰っていたらもっと違った気持ちだったと思います。お四国の中を全部歩かせて頂けるということは本当に有難いことと思っています。
 角さんに何かお接待したくて申し出たところ、笠を所望されましたが、これはお大師様から頂いたものだからあげられない、別のものをと言い、話しの中から合羽を上げることにする。探してもなかなか私の持っているようないいのがなく、まだ買っていないとのこと。笠は上げられないけれど、合羽を上げることが出来、私も喜んでいます。

 とうとう、お遍路も最後の日になりましたが、ずいぶん長かったようで、また、あっと言う間に過ぎてしまったような気もしています。
最初はとても長かった道が、今は一時間くらいでお寺に着くとあっという間に着いてしまったような気がします。もうすっかり歩くのに慣れてしまったようです。
喜びと不安を抱えて訪れたこの六番寺に、今こうして充実した気持ちでいる、たった一か月半しか経っていないとはとても思えません。何年もの時間を過ごしたような気がします。このまま、また回りたいような気にもなります。不思議なものです。

 今日一日もお礼の気持ちで、お大師様と角さんと、同行三人でお参りさせて頂きます。最後の日に道連れが出来るとは思ってもみなかったことです。実は最初の時、大日寺に行く途中で蛇を見て、明日はもっと草が多くなっているだろうから、ちょっと一人ではと嫌な気になっていたのです、これで心丈夫です。
作品名:空と海の道の上より Ⅸ 作家名:こあみ