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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Clad

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 外神は、静かになった車内で、額に浮かんだ汗をぬぐった。左手に入った、小さな蜘蛛の入れ墨。父が遺した書類の山に目を通してから今までずっと、頭が真っ白になっていて、今この瞬間、やっと正気に戻ったような感覚があった。金庫を開けて中身を見たのは、十二歳のとき。書類の内容から、父がどのような業界にいたのかを知り、頭の中の父親像は発破解体されたように砕け散り、再構築された。それでも変わらなかったのは、自分が知り得る中で最も賢くて、頼りになる背中の持ち主だということ。すぐにでも自分の足で飛び出して仇を取りたかったが、何年も動けなかった。母の体はずっと調子がすぐれず、外神母娘は親戚の家に取り込まれたようになっていて、母が去年亡くなるまではずっと、完璧な親戚の家の中で端数として扱われていた。
 中学校を卒業し、家を出てすぐに入れた蜘蛛の入れ墨は、後戻りしないという覚悟。小さな店でやってもらったと言ったが、実際には友達がやってくれた。『忘れなよ』と言われたが、そんな器用な性格ではないし、何より、バックパックは取り返したかった。中に、父がいつも持ち歩いていた家族の写真が入っているのだ。毎年同じ構図で撮っていて、最後に撮ったのは、十歳のときのものだった。
 一度、後部座席に置かれたバックパックを振り返ると、前に向き直った外神は首を伸ばしたが、何度やってもガソリンスタンドの建物が邪魔になって、家の様子は分からなかった。
   
 本田は、川崎の背中に向かって言った。
「おい、ちょっと待て」
 川崎が振り返るなり、本田は段ボールを掲げた。
「こえをきられたって、一体なんだこれは?」
 川崎は部屋の中に戻って来ると、本田の隣に立って、同じ立場で物事を解釈しようとするように、覗き込んだ。
「誰の字だ?」
「それは問題じゃない」
 本田は体を引くと、その下に書かれた二人の名前を指差した。
「これは何だ? 誰かが聞き出したんじゃないのか?」
 川崎はエアウェイトをベルトから抜いて、右手に持った。
「お前、相変わらず丸腰なのか?」
 その銃口が持ち上がったとき、一階の反対側から雷のような銃声が鳴った。川崎が思わず頭を下げるのと同時に、本田はその手から銃を叩き落とし、部屋から飛び出した。瀬口が、砕けて形のなくなった右手を庇うようによろめきながら歩くと、膝をついた。無事な方の手は空いていて、散弾銃を落としたということが分かった。本田が二階へ駆け上がり、川崎はエアウェイトを拾い上げて部屋から出ると、足音を追うように二階を見上げた。一階に視線を戻したとき、粉砕された手を呆然と眺めている瀬口の後頭部に二発目の散弾が命中し、その金髪頭が勢いよく前へ跳ねて、前のめりに倒れたまま動かなくなった。川崎は岸川を呼び寄せると、言った。
「家の中か?」
「いえ、外から。散弾です」
 川崎は、唐谷に言った。
「地下の金庫を開けろ。おれは三階に行く。ここで合流だ」
 唐谷は銃声に震えながらも立ち上がると、地下へ続く階段を駆け下りていった。川崎はエアウェイトを右手の中で握り直しながら、岸川に言った。
「お前はここを守って、誰も階段を通れないようにしろ。玄関は気にするな。相手は奥から来る」
 川崎はエアウェイトを構えると、二階への階段を上り始めた。本田は三階で待ち構えているだろうか。丸腰でそれは考えづらい。どこかに隠れて、それでも反撃の機会を狙っているか。だとしたら、三階に隠れる場所はない。川崎は二階の踊り場をやり過ごして、三階へ続く階段を上がった。散弾銃の弾が外から飛んでくるとすれば、可能性はひとつ。姫浦はモスバーグを持っていた。川崎は頭の中で何度も繰り返して暗記した金庫の組み合わせ番号を入力し、スーツケースを取り出した。中身は四千万円の現金。二人分の退職金とすれば、十分な額だ。川崎は中身を一度確認すると、二階への階段を下り始めた。
 
 外神は、運転席に移った。姫浦が合わせた座席の位置では足が届かず、レバーに触れている内に座席が前へ飛び出したように動き、アクセルペダルに足がかかったことでエンジンの回転が上がった。銃声が聞こえている。これは、わたしの復讐なのだ。ここでじっとしていられない。免許はないが、車の操作方法はそれとなく知っている。サイドブレーキを解除し、シフトレバーをDの位置へ一度動かすと、表示が切り替わった。外神が恐る恐るブレーキを離すと、プリウスは黒い車体をゆっくりと転がし始めた。
     
 姫浦は粉々になった窓から体を差し入れて家の中に入り、ガラスの破片を踏まないように注意を払いながら、瀬口の死体を通り過ぎて、窓から見えない位置まで移動した。部屋の広さを見回して、モスバーグの安全装置をかけてスリングで吊ると、USPを抜いて安全装置を下ろした。
 相手はおそらくこの方向を狙っている。姫浦は両手でUSPを構えると、少しずつ視界を広げていった。長いサプレッサーの先端が見えたとき、岸川は同じタイミングで銃口が角から覗いたことに気づいた。二人が同時に引き金を引き、姫浦が撃った四十五口径は壁の破片を飛び散らせて、その一部が岸川の目を直撃した。岸川が引き金を絞って撃ち出した五発が姫浦の目の前を縫うように飛んでいき、壁に突き刺さった。岸川がそのまま間合いを詰めながら引き金を引き、その銃口が自分の方向を向く直前、姫浦は手を出してサプレッサーを強く引き、目の前に現れた岸川の腹に左脚で膝蹴りを入れた。空気が掃除機で吸い上げられたように肺から出て行き、目の前にUSPの銃口が見えたが、岸川は息が止まったまま全ての体重を姫浦にかけて壁まで突進した。背中をぶつけた姫浦が顔をしかめ、岸川はUSPのスライドを掴もうとしたが、その手が銃口に届く寸前で、姫浦は引き金を引いた。岸川の左手から親指と人差し指が吹き飛ばされ、岸川は悲鳴を上げた。姫浦は、一階にいる人間の数が増えたことを足音で察知し、岸川の体を捕まえると、左腕で羽交い絞めにして、片方の膝を後ろから撃った。衝撃で意識が遠のいた岸川の耳の後ろに銃口をめり込ませながら、言った。
「一緒に歩いて」
 唐谷は、岸川を人質に取った姫浦が突然現れたのを見て、腰を抜かしたように飛びのいた。川崎がエアウェイトの銃口を向けると、言った。
「岸川、お前ひどい有様だぞ」
 岸川を盾代わりにした後ろで、姫浦は言った。
「銃を下ろしてください。話があります」
 川崎は笑った。
「ないね」
 川崎は、エアウェイトを岸川の頭に向けて、引き金を引いた。姫浦の腕の中で体が水に浸かったように重くなったとき、二階から降りてきた本田が川崎に向かってタックルを食わせた。銃口が逸れ、川崎はエアウェイトを持ったままの右手で本田の後頭部を殴りつけ、唐谷に叫んだ。
「先に出てろ!」
作品名:Clad 作家名:オオサカタロウ