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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Clad

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 姫浦がUSPの銃口を向けるよりも早く、川崎は何度も銃口を叩きつけた本田の後頭部を解放すると、姫浦の方向へ蹴飛ばした。ほとんど力を失った本田の体に飛ばされて姫浦は尻餅をついたが、すぐに体を起こした。銃口を向けた先で玄関のドアが閉まり、二人が外へ出たことが分かった。姫浦がドアを蹴り開けてアルテッツァの陰に移動したとき、メルセデスがタイヤを鳴らしながら発進した。姫浦がUSPを構えて、その銃口を運転席に向けたとき、真っ暗な中から現れたプリウスがメルセデスの助手席側にまっすぐ突っ込み、メルセデスは反対側に停められたクラウンに挟まれる形で止まった。
「外神さん! 伏せて!」
 姫浦は叫んだ。メルセデスの中に向かって九発全てを撃ち切ると、運転席からよろめきながら降りてきた外神の手を引き、アルテッツァの陰へ押し込んだ。
「どうして、出てきたんですか」
「わからないです」
 外神は、自分のしたことが信じられないように言い、姫浦が弾倉を入れ替えるのを眺めた。スライドを解放すると、姫浦はメルセデスの様子を窺った。
 川崎は、現場の経験を長く積んできた。だから、車で挟み撃ちにされたときは、真っ先に自分ができる最善の行動をとった。ハンドルより低い位置に頭を下げたのだ。トランクのレバーを引いて、新たな遮蔽物が情けない音を立てて持ち上がったとき、川崎は唐谷の横顔をもう一度だけ見た。唐谷は、後頭部から首にかけて、四発を食らっていた。金を取る意味はなくなった。ひとりで退職金を得たって、何の意味もないのだ。川崎はフロントガラスを蹴って押し出すと、エアウェイトを持ったまま、ボンネットを伝って地面に転がり落ちた。弾倉には四発が残っているが、手持ちはそれだけじゃない。
「おい! 姫浦! 話ってのはなんだ? 聞いてやるよ」
「あなたの仲間だった、鈴木のことです」
 姫浦が言い、川崎は笑い出した。神経が途切れて制御が効かなくなったような、ひきつった笑い。巡り巡って、それが唐谷まで殺してしまった。
「鈴木が何だって?」
 川崎がそう言ったとき、姫浦が姿を現した。銃口はまっすぐメルセデスの方に向いている。川崎はエアウェイトを見えるように放り投げると、立ち上がった。血まみれの頭をそのままに両手を上げて、傾いた黒縁眼鏡を器用に見上げた。
「この眼鏡、位置を調整してもいいか?」
 銃口の後ろで、姫浦はうなずいた。モスバーグを吊っていないことに気づいた川崎は、それがアルテッツァの陰から顔を出した外神の手に握られていることに気づいた。銃口はこちらを向いているが、その構えは五秒前に覚えたばかりのように、危なっかしい。川崎は笑った。
「なんだ、外神さんまで」
「三人目は、外にいますね。わたしを撃てば、外神さんがあなたを撃ちます」
「あんな構え方で、当たると思うか。あんたは、命が惜しくないのか?」
 姫浦は微かな動きでうなずいた。依頼人が達成したいことを手伝う仕事だ。自己実現のためにやっているわけではない。人差し指さえ動けば、引き金を引くことはできる。少し間が空いて、川崎は思い出したように黒縁眼鏡の位置を調整すると、焦げたような匂いに顔をしかめながら振り返った。メルセデスから火が移って、プリウスが燃え始めている。向き直ると、川崎はうんざりしたように先を促した。
「で、話ってのは?」
「鈴木の本名は、外神健一。彼女は娘です」
 姫浦が言うと、川崎はしばらく黙っていたが、笑い出した。
「なんだよ、そんなことだったのか? 最初からそう言ってりゃ、きれいな思い出話をしてやったのに。ちなみに、あいつはカーキチだった。愛車のランサーに細工をしたのは、おれだ。あいつが仕事のときに何を聴いてたか、知ってるか?」
 外神が黙っていると、川崎は林を振り返って、前に向き直ると言った。
「知らねえだろ。実の娘でもそんなもんだ。忘れな。じゃあ、姫浦さん。これでお開きということで」
 三人目が林の中にいることを姫浦が悟ったとき、林の中がオレンジ色に光った。銃声が鳴り響き、ライフル弾が川崎の右膝を貫通した。二発目が左膝を撃ち抜き、両足の機能を失って前のめりに倒れた川崎は、信じられないことが起きたように、再び林を振り返った。
    
 内田は、細く息を吐き出しながら、自分のわき腹から流れていく血を眺めていた。AKMのアイアンサイトから目を離した神崎は、体を起こしながら言った。
「しつこいぞ」
 二十二口径を抜くと、内田の眉間に向けて引き金を引いた。

 本田が玄関から出てきて、外神が思わず銃口を向けたが、引き金を引くことはせず、歩くのがやっとなその姿を見ながら、言った。
「姫浦さん」
 姫浦は、本田がよろけながら歩いてエアウェイトを拾うのを、USPを構えたまま銃口で追い続けた。本田がやろうとしていることは、言葉を交わさずとも理解できた。本田は、両腕で這おうとしている川崎に言った。
「馬鹿だよ、お前は」
 川崎が顔を上げるのと同時に、本田はエアウェイトの銃口を向けると、引き金を引いた。
地面にエアウェイトを捨ててその場に座り込んだとき、前に回った姫浦が言った。
「あなたも、ここで死んでいるはずでした」
「分かってるよ。今からそうなるんだろ」
 本田は全てを諦めたように、隣に並んだ外神に言った。
「あんた、鈴木の娘なんだな。あいつが引退したくなるのも分かるよ」
 外神は少し表情を緩めると、言った。
「フレンチプレスのコーヒー、飲んでました?」
「仕事終わりに、よく飲んだな」
 本田が懐かしむように言うと、外神は同じ記憶を共有するように、歯を見せて笑った。
「脚色されてるとは思うんですけど、お父さんから仕事仲間の話はよく聞いてました」
「褒められた仕事じゃないけどね」
 本田は、姫浦の方を向くと、笑った。
「思い出話になってきたな。あんた、代わりに撃ってくれるか?」
 姫浦は外神の方を見た。外神はモスバーグの銃口を明後日の方向へ向けて、首を横に振った。
「お父さんは、一度も仕事仲間のことを悪く言いませんでした。さっき工場で話したとき、本田さんもわたしのお父さんの悪口は言わなかった。だから……」
 外神はそこまで言うと、炎を巻き上げるプリウスを振り返った。あれだけ躍起になって回収したバックパックは灰になってしまった。
「あなたには、恨みはないです」
 外神は屈みこむと、本田の目を見て言った。
「もしよかったら、父の話を聞かせてもらえませんか」
「分かった。朝日の当たる家だよ」
「朝日? なんですか?」
 外神が聞き返すと、本田は川崎の死体をちらりと見て、言った。
「お父さんが、仕事のときによく聴いてた」
 本田はそう言って、立ち上がった。姫浦が炎を上げるプリウスを見ていることに気づいて、煙越しに微かに見えるランドクルーザーを指差した。
「あいつでいこう」
 姫浦はUSPを右手に持ったまま、本田より先に煙をくぐり、ランドクルーザーの周りをぐるりと一周した。運転席側のドアにAKMが立てかけられていることに気づいた姫浦は、周囲を見回した。追いついた本田が、呆れたように笑いながら言った。
「これは、内田の銃だな。持って行かなかったのか」
作品名:Clad 作家名:オオサカタロウ