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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Clad

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 本田の工場は、山道を一時間ほど走ったところからさらに林道を上り、周りを見下ろせる位置にあった。姫浦は、薬品の匂いに目を細めながら工場の二階に上がり、バックパックを景品のように背負った本田が即席の『集会場』を作り終えるのと同時に、言った。
「ここで襲われたことはありますか?」
「ないよ」
 本田は、声を出すだけで頭を突き刺す痛みに顔をしかめながら、言った。バックパックを外神に手渡し、真っ先に椅子へ腰を下ろした。姫浦はキャリーケースを寝かせると、中から銃身を切り詰めたモスバーグ五九〇を取り出した。先台とグリップには指紋が残らないようテープが巻かれている。川崎は手持ち無沙汰なように頭に手をやると、唐谷に座るよう目で促した。
「ここから動かなけりゃ、大丈夫だ」
 唐谷が椅子に座ったことを確認し、本田は部屋の中を見回した。当たり前だが、最も緊張した表情を浮かべているのは、外神。本田は視線を逸らせると、姫浦が部屋の外に注意を向けている様子を眺めながら、言った。
「姫浦さん、あんた口は堅いか?」
「それなりには」
 姫浦は短く答えてスーツの上着を脱ぐと、モスバーグのグリップから伸びるシングルポイントのスリングを体に通してから、スーツを羽織り直した。本田は言った。
「こうなったら、一蓮托生だろ。今こうやって仕事の邪魔をされてるのは、おそらく理由があるんだ。できたら、全員で共有したい」
 川崎が、緩やかに生まれた会話の流れを引き取るように、一度咳ばらいをしてから口を開いた。
「外神さん、おれたちの仕事がどういう感じかは、知ってるよな。このままいけば廃業だし、実際リーチがかかってる。そして、おれらがそれを望んでるってことも」
 外神は小さくうなずいた。その目はパーカーのフードで若干隠れているが、会話に参加したいという意思表示をするように、暗く光っていた。
「雇い主を殺せなんて依頼は、本来あり得ない。そして、おれたちが依頼人の動機を聞くこともない」
 川崎はそう言って、間を空けた。つまり、今からそれを聞くということだ。外神が理解したように顔を上げたとき、川崎は続けた。
「当たり前のことだけど、若町はあちこちで恨みを買ってる。あんたもそのひとりだろ」
「はい」
 外神はパーカーのフードを取ると、首を左右に振って前髪をどけた。唐谷が気まずい空気を察知したように目を丸くすると、外神を除けば唯一の同性である姫浦に視線を向けた。
 川崎は、本田と一度目を合わせると、結論が出たように言った。
「なら、知っておいてほしいことがあるんだが、今おれたちは、あんたと同じように思ってる奴に狙われてる。本田の頭の怪我も、おそらくそいつがやったんだ」
 外に視線を向けていた姫浦が振り返り、言った。
「目的は、あなたたちなんでしょうか?」
 本田はうなずくと、言った。
「おそらく。もっと個人的だな」
 川崎は、本田に会話のボールが移った隙を見計らって、スマートフォンを取り出した。内田からの『いつでも動けます』というメッセージと、その場所を示す写真。展望台近くの丘で、工場からは百メートルほど離れている。『五分後に前まで来い』と返信し、気遣うような間がしばらく空いた後、本田がポケットから、山羽の殺害現場に置かれていたメモを取り出して言った。
「おれたちには、鈴木って仲間がいた。色々あって六年前に死んだ」
「勝手に死んだわけじゃない。色々あったから死んだんだ」
 川崎が補足するように言うと、スマートフォンをポケットに戻しながら続けた。
「そいつの狙いは、鈴木が死んだことに対する復讐だ。つまり、標的はおれと本田ってことになる。手ごわい相手だよ。向こうもプロを雇ってる。難しいところで、おれたちが先に死んだら、あんたの依頼もこなせなくなってしまう」
 外神は納得したようにうなずくと、戦利品のバックパックを手元に引き寄せた。
「鈴木さんは、どうして死んだんですか?」
 本田が小さく息をつくと、言った。
「真面目過ぎたんだよ。鈴木は銃を扱えたから、おれたちより色んな現場を見てた。だから、簡単に抜けられないってのは分かってたはずなんだけどな。あんたも、その入れ墨を入れてるなら、分かるだろ。この業界から足を洗うには、相当な根回しが必要なんだ」
 川崎はそれを聞いて、鼻で笑った。
「今なら、なんとでも言える。当時はあいつが何をしでかすか分からなくて、ヒヤヒヤもんだったよ。この手の仕事をしてる奴ってのは、家族を持つべきじゃないんだ。しまいには二つの世界から足を引っ張られて、いいようには終わらない」
 唐谷は、姫浦と外神の様子を窺いながら、誰にともなく言った。
「鈴木さんは、意思が固かったですね。自分が三十前になって思いますけど、抜けたくはなるかも」
 本田が小さくうなずき、外神の方を向いて言った。
「あいつが生きてたら、こんな場は成立してない。おそらくあんたも、こうやって手を出そうなんて考えもしなかっただろうな。それぐらい、腕利きだったんだ」
 外神は不器用に笑顔を見せると、姫浦の方を向いた。モスバーグのレシーバーに置いた手が微かに動き、姫浦は川崎に言った。
「それから、大変だったんじゃないですか?」
 川崎は唐谷と目を合わせると、同じ笑い方を真似るように口角を上げた。
「大変だったよ。でも、いつかは起きることだ。若い内にさっさとくたばってくれて、良かったのかもな。姫浦さん、気を悪くしないでほしいんだけどね」
 そう言うと、川崎は笑顔を消して立ち上がった。
「とりあえず、ここから仕切り直したい。山羽の部下を三人呼んだ。あんたと同じで、武装してる。ここから事務所まで護衛付きで戻って、役割を果たしたら解散する。問題ないかな?」
「わたしはそれで結構です」
 姫浦は、外神の抗議するような表情から目を逸らせたまま、言った。車のエンジン音が工場の外から聞こえてきて、本田は立ち上がった。
「連中、道具はちゃんと取ってきてるのか?」
 川崎は立ち上がりながら笑った。
「当たり前だろ」
 唐谷がその後ろをついていき、川崎がまずドアを開けて車回しへ出た。本田は、ランドクルーザーの運転席から顔を出す内田と、アルテッツァに並んで座る岸川と瀬口に軽く会釈をした。
「急に悪いな」
 本田が言うと、内田がだらしない体を揺すって笑った。
「山羽さんは、残念でした」
 その言葉が合図になったように、アルテッツァから岸川と瀬口が降りて、同じタイミングで頭を下げた。岸川が刈り上げで、瀬口が金髪の二分刈りである以外は双子のように似通っている。
「じゃあ、前後を挟みますんで」
 岸川が言い、アルテッツァの運転席に乗り込んだ。本田がクラウンに乗り込み、川崎がメルセデスの助手席のドアを開けると、唐谷が滑り込んだ。車列の前半が縦に並んだとき、姫浦はプリウスの運転席に乗り込み、外神が少し遅れて助手席に収まった。アルテッツァを先頭に車列が動き出し、姫浦がメルセデスの後ろへプリウスを合流させると、内田の運転するランドクルーザーが後ろについた。
 移動が始まり、外神は言った。
「どうするんですか?」
「先頭に出ろと言われたら、断るつもりでした」
作品名:Clad 作家名:オオサカタロウ