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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Clad

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 唐谷はそう言って、栄養ドリンクをひと口飲んだ。
「姫浦さんも普通の人に見えますけど、やっぱ強いんですか?」
「普通の人間と同じように、撃たれれば死にますよ」
 姫浦はそう言って笑顔を見せると、サンドイッチを手に取った。それが合図になったように外神もサンドイッチをかじり、昼食が始まった。二つ目に取り掛かった川崎は、外神の方を向いて、言った。
「外神さん、その入れ墨は有名な店で入れたの?」
 手首をひっくり返しながら、外神は首を横に振った。
「いえ、小さな店です」
 川崎はその答えにどう返すか戸惑ったが、愛想笑いだけにとどめた。大きな組織ほど、印を残さない。例えば姫浦は、見える部分に入れ墨は入っていない。そういう人間を擁する大きな組織は、小回りは効かないが粒ぞろい。逆に、小さな駆け出しの組織は、事あるごとに自分の所属を『証明』しようとするが、誰かが失敗すれば、同じ蜘蛛の入れ墨が入った人間は全員死ぬことになる。外神の挙動は危なっかしく、適任とは到底思えない。川崎は、唐谷と目を合わせながら考えた。仕事はいくらでも付き合うが、こんな小娘のために命を取られるのはごめんだ。
        
 二十分が経過している。最後に時計を見たのは、バックパックを手に取る直前。それを記憶できていたのが奇跡なぐらいに、頭の中はぐらぐらと揺らいだ。状況が理解できたのは、大人が全体重を乗せてのしかかったようにひしゃげているパイプが見えたからで、頭から突っ込んだということは、割れそうな痛みから判明した。本田は棚に掴まりながら立ち上がると、浅い呼吸を落ち着かせながら、辺りを見回した。バックパックは、床に放られたままだった。それを手に取ると、本田はよろけながら倉庫の外へ出て、雨の中に紛れ込むように早足で歩くと、クラウンまで戻った。運転席に戻るのと同時に痛みが押し寄せてきて、バックミラーで自分の顔を確認するだけの余裕が生まれるまでに、数分を要した。
 本田は、川崎の携帯電話を鳴らした。そして、数コールで電話を取った川崎に、言った。
「バックパックを回収した。今、プライバシーは守れるか?」
    
 サンドイッチの並んでいた皿が空になり、唐谷がそれを引き上げ、川崎は携帯電話を耳に当てたまま目で席を外すと断りを入れて、また外に出た。煙草を吸う気にはなれない。この手のタイミングでかかってくる電話は、ロクなことがない。
「外に出た。何があった」
「中に同業者がいた」
「顔は見たか?」
 川崎は、跳ね上がった心拍数が声に出ないよう細心の注意を払いながら、言った。倉庫の管理人は自分だ。山羽の脇が甘いのは昔からで、駐車場で殺されても不思議ではない。しかし、自分の倉庫となれば、話は別だ。何より、自分が関わっていることを示す要素が、あの倉庫にはない。内部事情に詳しくない限り、そこへ同業者が行くということ事態が、そもそもあり得ない。
「革靴だったな」
 本田がようやく呟いた。つまり、何も見ていないのだ。
「とりあえず、回収はしたんだろ?」
「したよ。今から戻る」
「いや、それはやめたほうがいい」
 川崎は家を振り返った。ここに案内するわけにはいかない。おそらく本田は泳がされている状態だ。
「お前の工場を新しい拠点にしよう。意味は分かるだろ。他の連中にも、鈴木の話をした方が良さそうだな」
 沈黙がしばらく流れて、アスファルトにぶつかる雨の音に意識が向き始めたとき、川崎は付け足した。
「山羽の部下が三人、待機してる。先に送り込んでおくよ」
 川崎は電話を切り、山羽が率いていた三人の内、実質的なリーダーを務める内田へ電話を掛けた。相手が電話に出るなり、川崎は言った。
「今から、動けるか」
「はい」
 内田と、岸川に瀬口のでこぼこトリオ。中途半端な人間だが、無闇に吠える性質だけ抑え込めれば、忠実な番犬だ。銃火器も扱えるが、鈴木の代わりには到底ならなかったから、今でも産業廃棄物を取り扱っている。
「装備を一式持って、全員で本田の工場へ行け。中には入るな。また連絡する」
「了解です」
 その短い返事を合図に電話を切り、川崎は家の中へ戻った。唐谷が顔を上げ、川崎はその退屈そうな目を見返しながら言った。
「移動だ。ここは一旦離れる」
 返事を待たずに二階へ上がると、外神と姫浦に言った。
「バックパックは回収しましたが、同業者に襲われたようです。ここも場所が割れている可能性があるので、移動しましょう。誰か来るにしても、本田の工場の方がここより守りやすいです」
 外神が助けを求めるような視線を姫浦に向けたが、姫浦は立ち上がってキャリーケースをグリップを掴むと、言った。
「承知しました」
 一階に下りてプリウスにキャリーバッグを押し込んだとき、姫浦は人の気配がひとつ増えたことに気づいて振り返った。上着を着込んだ唐谷が寒そうに首をすくめながら、川崎のメルセデスに乗り込み、姫浦の目の動きに気づいた川崎が、弁解するように言った。
「いや、残すわけにはいかないだろ」
     
 そろそろ、日が落ち始める。神崎は路肩に停めたアテンザの車内で、頭の右側を微かに締め付ける痛みに意識を向け、蛇行しながらフロントガラスの上を流れ落ちる水滴を見つめていた。フリーランスには、組織の目が存在しない。つまり、状況を把握して修正するところまで、全てが自分の仕事だ。
 海沿いの家にずっと停まっていた、メルセデスのCクラスと、黒のプリウス。数時間前に二台とも勢いよく出て行き、メルセデスのエンジン音はすぐに聞こえなくなった。静かになってからも、神崎はしばらく同じようにフロントガラスを眺めていた。
 ハイブリッド車を選ぶように教えたのは、エンジン音がない分周りの音を捉えやすいからだ。姫浦は耳が良く、本人もそれを自覚していたが、一番危険なのは『自分は耳がいい』という自信だ。三年程度では、身のこなしは変わらない。視線の配り方や、その場にいる全員から同じ間合いを確保する立ち位置は、今でも基本の通り。何より、久しぶりにその顔を見た。
 動きがなくなってから三十分が過ぎ、神崎は一度深呼吸をすると、アテンザから降りた。霧のような細かい雨の中を歩き、車回しからまっすぐ敷地の中に入ると、家の反対側に回って二十二口径を抜き、窓を割って中へ入った。人の気配はなかったが、地下から三階までをひと通り確認した神崎は、最後に若町が寝かされている部屋に入った。若町の目が拳銃を捉え、大きく見開かれた。神崎は言った。
「耳は聞こえますか。聞こえるなら、瞬きを一回してください」
 瞬きが一度返ってきて、神崎は二十二口径の銃口を下げた。
「何点か、確認したいことがあります。答えていただけるなら、一回お願いします」
 若町は、ルールに忠実に、一回瞬きをした。体自体が動かなくとも、質問に全て答える用意があるように、部屋の空気が微かに揺れた。
「山羽は、あなたの従業員ですか」
 瞬きは一回。神崎は周囲の音に気を配りながら、パイプ椅子を引きずって来ると、若町から顔が見える位置に腰を下ろした。
      
作品名:Clad 作家名:オオサカタロウ