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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Clad

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 依頼内容の全体像は不明。時間で拘束されている間は、何でも屋だ。ひとつ目は殺しで、相手は産業廃棄物溶解施設の経営者。名前は山羽だが、おそらく本名ではない。仕事自体が途中で終わる可能性があるということは、死ぬ必要があるかどうかを依頼主自身が探っている段階。そんなどっちつかずの現場では、死人の数が増えがちだ。しかし、依頼主の指定した条件の中には『銃を持ち込まないこと』というのもあった。自分で自分の身を守る権利ぐらいはあると思うが、依頼主はそう思っていないらしい。同じような指定をされたことは何度もあるが、もし素直に言うことを聞いていたら、その度に死んでいただろう。身を守るのに、火の玉を吐き出すような大口径の銃は必要ない。必要なのは、銃身とサプレッサーが一体になった二十二口径。人がくしゃみをするぐらいの音しか生み出さない。ルール違反だが、鞄の中には常に用意されている。これが自分を殺すためのお膳立てである可能性も、頭に入れておかなければならない。
 第一、普段の仕事とはかなり毛色が異なる。死体には指定されたメモを残すように、指示されていた。用意などされているわけもなく、こちらで文章をパソコンで作って印刷する羽目になった。こうなると、おぼろげに何が起きているのか、依頼主の青写真が嫌でも透けて見えてくる。
『鈴木を殺した代償を払ってもらう』
 メモの内容からすると、おそらく山羽自身は標的ではない。目的は、その死を人に見せることだ。
   
 山羽が死んで数時間が経った。本田は夜が明けて真っ白になった曇り空を眺めながら、頭に時折押し寄せてくる耳鳴りのような音に耐えた。突然片耳がボリュームを小さく絞ったようになり、その代わりのように甲高いブザーのような音が入り込んでくる。それは自分がストレスを感じているという証拠で、四年振りに事務所を訪れた上にあまりいい報告ではないという、二重の苦痛から来ていることも分かっている。
 先に停まっている二台の車は、川崎のメルセデスと姫浦のプリウス。事務所は三階建ての要塞のような設計で町からは離れており、若町の自宅でもある。昔は数百メートル先にガソリンスタンドがあったがすでに廃業したから、野生動物以外はこの地を訪れない。若町は元々喧騒が嫌いだったからそれで構わないだろうが、唐谷は別だろう。実際、軒先に現れたその顔には、最後に見たときに感じた生気があまり残っておらず、許されるならもう一度眠りたいと目が訴えかけていた。
「お久しぶりです」
 唐谷はマグカップを持ったまま小さく会釈をすると、本田のクラウンアスリートを眺めた。
「これって、私物ですか」
「そうだよ」
 本田はそう言って、クラウンの鍵を閉めた。唐谷はほとんど白目をむくように長い瞬きをした後、自分が出てきたドアを振り返った。
「皆さんお待ちです」
 事務所の一階は、若町が寝たきりになってから居住スペースに変わった。川崎曰く、二階の方が快適だが、いつ足元を掬われるか分からない緊張感もあるということだった。実際に自分の目で見てみると、色々と工夫して整理されているものの、何かが起きたときに守れるようには、作られていない。唐谷が移動したり寛いだりしやすいようになっているだけだ。唐谷が後ろ手にドアを閉めて、マグカップをテーブルの上に置くと、奥の部屋のドアを開けて振り返った。
「挨拶されます?」
 本田はうなずいた。声も出ない、瞼と眼球以外は体も動かない。頭だけが生きている状態。今は呼吸をするだけの生き物だが、現役時代の若町は恐ろしかったという話をあちこちで聞く。ベッドの上で天井を眺める若町から見えるように身を乗り出すと、本田は言った。
「おやじさん、お久しぶりです」
 呼びかけると、目が微かに動く。本田が義務を終えたように一歩引くと、いつの間にか隣に立った唐谷が若町の額に浮いた汗を拭き、エアコンの温度を調節した。本田は脈を測る装置から伸びる線を眺めて、その裏に取り付けられた機械をひとしきり眺めた後、部屋から出て階段に足をかけたときに振り返った。マグカップを持った唐谷が視線に気づいて目を合わせたとき、言った。
「おやじさん、マジで喋れなくなったんだな。お前、逃げなくていいのか」
「最後まで見届けます」
 唐谷は口角を上げて笑った。昔ならそのまま、剣呑極まりない犬歯が覗いただろう。その動きは記憶よりも緩やかで、抜け目がなくなったようにも、疲れ切っただけのようにも見える。本田は二階に上がり切ると、一度小さく息を吸いこんでから部屋の中に入った。元は居間だったが、会議室に改装されている。パイプ椅子に背筋を伸ばして座る川崎が振り返り、書類を間近に見過ぎて焦点が合わないように、黒縁眼鏡越しの目を細めると言った。
「よう、寝てないだろ」
「色々考えごとをしててね」
 本田はそう言って、隣に腰かけた。席をひとつ空けて座っている姫浦が顔を向けて、小さく会釈をした。本田は、血が嫌々巡っているような姫浦の白い顔を見て、言った。
「あんたは、ちゃんと寝てるか?」
「はい」
 姫浦は短く答えた。ダークグレーのパンツスーツ姿というのは、この業界定番の出で立ちだ。その細見のシルエットは保険のセールスか、不動産の営業に見える。周囲に建物さえ存在すれば、そこにいても不自然さはない。姫浦はカラーコンタクトが入った目を何度か瞬きさせると、向かい合わせになったパイプ椅子に腰かける外神に言った。
「外神さん。揃いました」
 外神真菜は、噛んでいた爪をようやく解放すると、目の下に残るクマを恥ずかしがるように前髪を下ろしてから前を向いた。
「上手くいかなかったんですか」
「ひとり、殺されました」
 本田は言った。そう、仕事が始まる前に『ひとり』が死んだ。十五年の付き合いだった。姫浦の目は、その場にいる人間ではなく、防犯カメラに映る白黒の画像に向いていた。耳は、止まった換気扇の隙間から入って来る外の音を拾い続けている。本田は言った。
「ここには誰も来ない」
 姫浦は目を向けると、作り笑いを浮かべた。
「もし来たら、誰も逃げられません」
 若町はこの場所を要塞のように作り上げたが、周りに何もない以上物量で押されたら負ける。本田はうなずくと、外神に言った。
「この業界にいる人間ですから、何らかの弾みで死ぬことはあります。ただ、タイミング的に、少し練り直したほうがいいかもしれません」
 本田は言いながら、自分だけが握っているメモの内容を思い出した。『鈴木を殺した代償を払ってもらう』。実際には、理由もなく死ぬ人間などいない。そして、理由はぼかしたほうがいいときもある。
「弾みね……」
作品名:Clad 作家名:オオサカタロウ