小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Clad

INDEX|1ページ/11ページ|

次のページ
 
『昔々、バイクメーカーにちなんで仮の名前をつけられた、四人の男がいた』
 そのひとりである本田は、ほとんど機械のようにそのフレーズを口に出すことができた。それは大抵『知ってるか?』という一言から始まる。そしてお決まりのように、相手は首を横に振る。右に左に顔を向けている間に、気づく。こんな単純な名前が狭い業界で広まらないのは何故かということに。それは、名前を知った人間がその後も長い人生を送ることはないからだ。本業は田舎にぽつんと建つ小さな化学工場の経営者で、小さいからこそ誰にも文句を言われることなく、人間をドラム缶の形にする仕事に専念できた。他の二人は同い年で四十歳だが、それぞれ担当分野が異なる。
 川崎はコンテナヤードの管理人で、物を自由自在に動かせる。山羽は産業廃棄物の溶解施設を二拠点と、昔なじみの部下を三人持っている。その間にいるのが本田で、人間が運ばれてドラム缶になり、完全に溶かされてこの世から姿を消すサイクルが完成するようになっていた。その間を自由に動き回る鈴木がいて、銃火器に詳しく、実際に使う手腕も優れていた。そのサイクルを完成させたのは、若町玄吉。玄さんとか、ワカさんとか、色々な呼び名で呼ばれている。七十五歳で、業界の最年長。
 幸か不幸か、昔々と語り出す機会はほとんどなくなった。本田はクラウンアスリートの運転席で、ハンドルをこつこつと叩いた。十年以上続けてきた人間ドラム缶の報酬が貯金となっていて、本業が低空飛行でも困らない。ひとりだから気楽なもので、何も考えずにいたら、いつの間にかこの歳になっていた。最後にドラム缶を作ったのは、四年前。川崎と『こういう仕事は、今後少なくなる』と話していたのが、そのまま現実になった。そもそも、鈴木が六年前に死んでから銃火器を扱える『手』がいなくなり、バランスは崩れていた。都度外注でそういう人間を引き入れる形にしていたが、自分なりに生き延びる方法を知っているだけで、決して粒ぞろいではなかった。
 四年振りの仕事。やることは同じで、ドラム缶の中で人間を多少ごろごろする塊になるまで溶かして、蓋をする。車は川崎が手配し、山羽がこの世から痕跡を消す。銃火器を扱える外注は珍しく若い女で、顔合わせでは姫浦と名乗った。指名した依頼人は外神という名前の女でさらに若く、十六歳だと言っていた。パーカーを目深に被り、爪を噛む癖がある。そのとき、手首の裏に小さな蜘蛛の入れ墨が入っているのが見えて、同業者か、同業の関係者かもしれないということは、それとなく察知した。
 誰が消されるのかはまだ分かっていないが、ドラム缶に指名される人間は、必ずそうなる理由を持ち合わせていた。死ぬにも順番がある。まずは誰かを怒らせなければならない。あるいは邪魔者になるか。そうすれば、白のマーカーで『外線』と書かれた黒電話が鳴り、ほとんどの場合は若町の代理で、唐谷アリサが出る。いつも、魂の出来損ないのような白い煙を口からぷかぷかと上げていて、受話器を持っていない方の手にはパーラメントのナイトブルー。笑い方が独特で、口角を上げた後にすとんと口が開き、吸血鬼のような犬歯が覗く。十八のときから十年もの間、若町の愛人を続けるのは大変だっただろう。しかし、若町は三年前に寝たきりになったから、飽きられる機会も見失った。金回りを天秤にかけているのかもしれないが、唐谷は今も若町の世話をしている。現場との唯一の接点 である川崎曰く、昔の半分ぐらいの生気しか残っていないらしい。コンテナヤードは相変わらず頻繁に稼働しているから、川崎だけが今でも『始末屋』としては現役で、色々な人間の現在を見ている。山羽は引退状態で、もう二年は連絡を取っていなかった。
 中背中肉で黒縁眼鏡をかけた川崎と、大男で大雑把な山羽。どちらかと言えば、川崎の方が狙いやすい。いつも書類を至近距離で見つめているから、隙だらけだ。山羽は見た目だけでなく物腰もぶっきらぼうで、人間としての総仕上げを施される直前に生まれたような、無骨な雰囲気を持っていた。
 四年振りの仕事。一昨日、川崎の倉庫で顔合わせをしたときは、二人とも最後に会ったときからさほど変わっていなかった。姫浦は、ばらつきのある外注の中では『当たり』に分類される。余計な口は開かず、聞き役に徹していた。とにかく、スタートは順調だったのだ。
 本田はクラウンアスリートの運転席から降りた。スマートフォンはジャージのポケットの中から半分はみ出しているが、まだ手に取る気にはなれない。
 数時間前に救難信号が届いたばかりだ。
 最後にここに来たのは、四年前。溶解施設の前は駐車場で、日産デュアリスが停まっている。山羽は運転席にいた。腫れた舌が別の生き物のように口から垂れて、右目は眼窩から押し出されかけている。後ろから首を絞められれば、こうなるのは分かる。分からないのは、誰がやったのかということと、その理由。この業界に身を置く人間が死体になるときは、 必ずそうなる理由を持ち合わせている。理不尽な死や、病気による死は贅沢品だ。本田は、山羽の冷たくなった右手に握られたメモ用紙を抜き取ると、ポケットに入れた。スマートフォンを手に取って全体の写真を素早く撮り、川崎にメッセージを送った。
『山羽が死んだ』
           
 フリーランスで三年。そのほとんどを海外で過ごした。率直な感想は変わらなかった。人を殺すのは、いつだって簡単すぎる。話す能力を得たことで、地球上で最も貧弱になった動物。弾に当たるのが嫌なら、話すことで回避を試みるのではなく、足を鍛えればいい。物理の法則には誰も逆らえないのだから。
『誰からの指示だ。それぐらい教えてくれてもいいだろ』
 夜中の茶番。後部座席からは見えなかったが、おそらく隙を見て、誰かに救難信号を送った。それ自体は構わない。むしろ、生き残るために用意した全てを使い切るべきだ。山羽はほとんどのことを力でねじ伏せてきたように見えた。面と向かって話せば気が合ったかもしれなかったが、残念ながら最初から殺される側と殺す側に分かれていた。
 神崎は、依頼主に用意された倉庫の中で暗闇に目を慣らせながら、考えた。同業の人間には、多少様式は違えど決まったルールがある。その多くは、生き永らえるために血の滲むような努力をして手に入れたものだ。そしてそれが、落とし穴になる。山羽は、帰る前に必ず車の底を覗き込んでいた。仕掛けがされていないか、確認するためだ。実際に命を狙われたこともあったのだろう。車がいつも通りならそのまま鍵を開けて、運転席に乗り込む。こちらが同時に後部座席に滑り込んでドアを閉めるまで、全く気付いていない様子だった。
作品名:Clad 作家名:オオサカタロウ