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空と海の道の上より Ⅵ

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ふと山本さんと歩いた鶴林寺、太龍寺を思い出す。何だかずーと昔のことのような気がする。こんな雨でも鶯の鳴き声。足はグショグショで鈍い痛みもあるけれど、心は晴れやかでとても良い気持ち。

 休憩所から下は段々畑もあり、コンクリートの、車一台通れるような道になっている。明代さん所の山の畑に行くような道。勾配もきつい。
 二時二十分、四十六番まであと五・九キロの標識。ここからは民家もあり普通の道に。
 少し歩くと網かけ石といって大きな石があり、
「昔弘法大師が大きな石を入れてオウク(担い棒)で担っていたところ、オウクが折れて山に飛んでいきました。
 落ちたところをオオクボ(久谷町大久保)というようになりました。また石の一つは下の川に落ち、もう一つはこの石であるといわれています。
 この石は表面に無数の網目がついているところから網かけ石と言われている」とあり。ものすごく大きな、とても担えそうもない石ですが、網目模様が石の表面にいっぱいついていて、横にはお堂もあります。
 
 えのき橋を渡って左にまっすぐ、出口橋を渡り、三時四十二分浄瑠璃寺着。静かないいお寺で、誰もいない。
 下がびしょ濡れなので、正座せず椅子に腰掛けてお経を読む。納経所で、汗でも拭いて下さいと奥様に手拭いを頂く。
 四時半、すぐ下の宿に。聞いていた通りきれいな、感じの良い宿です。
 広いお風呂で体を暖め、洗濯機や乾燥機もあり、有難い。
 着替えが乾いていず、宿の浴衣を着て全部乾燥機へ。食事が終わると皆乾いていて本当に嬉しい。これでもし明日雨でも、夜に着るものがあり、ほっとする。
 足が冷たいのでもう一度お風呂に入る。気兼ねせず何度もお風呂には入れて嬉しい。

 夜、松山に着いたのであちこちに電話をする。
 高知の森田さんにも電話をすると大変喜んで下さり、ご主人、奥様と替わられ、
「もう松山に着いたのなら順調に行っているのですね。今日はどこまで行っているのだろうかと、毎日貴方のことを話さない日はないんですよ」と言われ、思わず涙が込み上げてきます。本当にありがたく勿体無く思います。
 お二人は週末には岩屋寺まで来られるとのこと。
「お会いできなくて残念です。でもまた会えるのを楽しみにしています」と言って頂き、嬉しく電話を切る。
明日は石手寺まで行って、宿坊には泊まれないとのことなので適当なところを捜すつもりです。
 道後の温泉にもつかって足を暖めたいと思っています。

 伊予に入ってからはなかなか宿坊に泊まれないので、前日に宿を聞いて確かめています。でも便利なところなので、多分どこにでも泊まるところはあるだろうと、あまり心配はしていません。

 今日はずっと国道を歩くつもりだったのに、いいアドバイスを頂き遍路道を歩けました。車も通らず有難い道でした。
 宇和島で蛇を見てからは、もう遍路道は行きたくなかったのですが、必要なところはお大師様が歩かせて下さるような気がしています。

 私は三坂から松山に下りましたが、反対だったら大変な道だったろうと思います。それほど松山からだと上りばかりの厳しい道です。
 僅かの間ですが、昔の人の苦労をほんの少し見せていただいた思いです。それに比べると何と贅沢な旅でしょうか。でも、私なりに出来るだけ贅沢をせず、質素にと心がけています。
 最近は一日歩いているうちの三分の一くらいはお経を、三分の二ぐらいは南無大師遍照金剛を唱えています。何も唱えず歩くことは滅多にありません。

 天気予報を見ると来週も雨が多いようです。悩みの種は洗濯物です。雨の中歩くのも少しも苦にはなりません。雨の中を歩くと、余計いろんなことを憶えていて、かえって有難いことかも知れません。
 もう一月経ちました。先が見えてきたようで嬉しいです。

五月二十日 午前五時十分
浄瑠璃寺前 長珍屋にて


五月二十日(土)曇りのち晴

 朝早く食事にして頂いたので、長珍屋六時二十分発。
 玄関で団体のお遍路さんのお年寄りから、一人で歩いての遍路を羨ましがられる。
 八坂寺はすぐ近くなので、お納経の前にお経をあげられると、朝もやの中気持ちよく歩き始める。


 六時半、八坂寺着。納経所の前に荷物を置き本堂へ。作務衣の人が本堂の前を掃いている。
「お歩きですか。お急ぎでなかったら後でちょっと寄っていきませんか。お茶でもご馳走します。あそこで絵を書いているのですよ」と駐車場の方を指される。
 三十分程お経を唱えた後、小さなプレハブの家(小屋のような)へおじゃまする。

 今日は石手寺迄なので気分的にもゆっくり。コーヒーをご馳走になりながら部屋の中を眺める。お軸の絵や、昨日描いたという写仏など絵や道具がいっぱい。もう一人女の人も一緒で、バスのお遍路さんのことや、色々なことに話が弾む。
 この人は藤田遊心さんといって、話の途中から毎日新聞のお遍路の記事に載っていた人ではと思い、尋ねてみるとやはりそうだとのこと、思いがけないことに驚く。今は二回目の途中で、八坂寺さんに頼まれたお軸の絵を描いたり、注文の絵を描いたりで、動くに動けずに逗留していると言われる。
 一枚気に入った写仏を下さるとのことに、観音様の絵を頂く。とてもいい仏様やお大師様を描いておられる。「泊まっていきませんか」とも言って頂いたが、二十五日までに神社に行きたく二時間ほどで失礼する。

 「近くにある八つ塚に寄るのなら一緒にそこまで行きましょう」と言われ、出ようとすると、大宝寺の納経所におられる若い馬頭寺の住職さんが来られ、一緒に行くことになる。この方も遍路の途中で知り合い、よく遊びに来られるらしい。
 文殊院八つ塚へ、藤田さんは犬を連れ、私たちはぶらぶらと、久し振りにのんびり田園風景を楽しみながら歩く。
「のどかだな。いいところで気持ちがよい」と話しながら。八つ塚で馬頭寺さんと別れ、藤田さんは西林寺迄一緒に行って下さるとのことで楽しく話しながら歩く。

 歩いているお遍路さんには声を掛け、中に入ってもらい話をする。近頃骨のある遍路が少なくなった、今日は楽しかったと言ってくれ、私もお話を伺えとても嬉しい。
 歩いていて川原などを見ると、テントを張るのにいい場所につい目が行くとのことに、人皆それぞれで、歩いている時にでも人によって見るところが違っているのをおもしろく感じる。
 藤田さんのような旅は、私よりもっと贅沢でいい旅に思える。

 十時五十分、四十八番西林寺着。私が拝んでいる間、藤田さんは寺の入り口横のお堂に掛けられている、坂口とらいちさんの描いた墨絵を見ているといわれ、私は本堂、納経所へ。終わって荷物の整理をしに行くと、リュックのそばで藤田さんが女の人と話しておられ、その人が私に千円のお接待を下さる。
 話を聞いてもう一人も千円下さったので納め札を渡すと、その住所を見て中之島に親戚があると言われる。聞いてみるとご主人の甥御さんが、天王の原さんのご主人とのこと。二人ともご縁かなとビックリ。この方は松山の松下さんといわれる。早速帰ってご主人に話すとのこと、私も帰ったらお話しますと別れる。
作品名:空と海の道の上より Ⅵ 作家名:こあみ